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事例に学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理 第2回:ボストンの奇跡 – 牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動(中篇)2015年1月19日

2015年01月19日 吉村 崇 [バランスト・グロース パートナー]

国内外の優れたソーシャル・イノベーション事例を紹介し、社会起業家の思考パターンや行動パターンについて学んでいく本コラム「事例に学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理」シリーズの第2回目となる今回は、前回「ボストンの奇跡 – 牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動(前篇)」の続きをお送りします。 米国ボストン市内に蔓延する若者の暴力を何とかしようと立ち上がったブラウン牧師ら街角委員会の活動は若者たちにどのような影響をもたらしたのでしょうか。

●社会を変えるために自分が変わる

ブラウンたちはいつ暴力沙汰が起きてもおかしくない暗黒の世界、彼らがこれまでできるだけ避けてきた世界へ、恐る恐る足を踏み入れるツアーを開始した。初めの数回は長時間ビクビクさせられることを除けば何も起こらなかった。少年たちは牧師グループに接触してくることはなく、様子をうかがっているだけだった。

6週間経った頃、かすかな変化が見られた。街角委員会の一人ひとりがギャングに対する偏見を改め始めた。ギャングのメンバーはみんな貧困家庭の生まれだったり、麻薬中毒の親がいたりした。そんな彼らにとって、おそらくギャングは新しい家族だったのだ。認識を新たにするにつれ、牧師たちの目にはギャングのメンバーは自分自身の家族を創り、それを守ろうとしている少年として映り始めた。そう考えると、ギャングの少年たちも自分たちと大した違いはないではないか。

ある晩、街角委員会が街を巡回していると、一人の少年がレイ・ハモンド(街角委員会の一人)に声をかけ、通りの片隅に呼んだ。残された委員たちがその場にたたずみ見守る中、その少年はそれまで自分がしてきたことのせいで魂をなくしてしまった気がするとハモンドに打ち明けた。そして、もう一度魂を見つけ出す手助けをして欲しいと頼んだのだ。決定的瞬間だった。

かつてブラウンは非行少年には信仰心などなく、物質主義で冷淡だ、という社会通念に染まっていた。ところが、彼と街角委員会の仲間たちの目には、それが事実ではないことがはっきり見えてきた。ブラウンが自分とギャングの間に引いていた溝はついに崩壊した。自分と同じように、非行少年もいい車、いい靴、ブランド物のズボンが欲しかったのだ。自分と同じように、非行少年も家族を求め、その家族を命ある限り守ろうとしていたのだ。そして、自分と同じようにもっと意味のある人生を求めていた。その夜の出来事でブラウンは悟った。ギャングの少年たちも自分も同じ人間だということを。

●10ポイント連合(Ten Point Coalition)の結成と下からの解決策

街角委員会は毎週金曜日の夜に街を歩き、週末には感じたことを話し合った。何かに取りつかれたようになっていた。気が付けば四六時中電話をかけ合い、前日の出来事について議論し、目にしたことの意味を理解しようとしていた。街角委員会は地域の警察や弁護士、少年裁判所の関係者など、他の人々も活動に巻き込んでいった。共通の目的を探り、見つけ出した。そして、10項目の行動計画を取りまとめ*、活動していくことにした。彼らはそれを「10ポイント連合」(Ten Point Coalition)と呼んでいる。

1992年に結成された「10ポイント連合」は聖職者をボストン市中心部の若者たちが直面している問題に結びつけた最初の正式なプログラムを代表するものだった。しかし、周囲の人々は連合が成功する可能性に懐疑的だった。一体どのようにして、数人の牧師がボストン市の街角にいる数千人の常習化したギャングたちに影響を与えることができるだろうか?

ブラウンは「10ポイント連合」にとって必要不可欠な4つの要素があったと振り返る。

1. 若い牧師を得るために、聖職者は街角で多くの時間を費やし、若者たちの信頼を勝ち取ること。
2. 若者たちと牧師たちの関係性を基にして、聖職者と警察の間でも関係性を持つこと。
3. 牧師たちと裁判所とのつながり。
4. 「上からではなく、下からの解決策」。つまり、警官や政治家や牧師たちからではなく、若者たち自身から解決策が見い出されること。 

ある日、ブラウンはケンブリッジ警察署長から学校の休暇期間に増加する犯罪を抑えるために何か良いアイデアはないかと相談を受けた。また、ブラウンは市政代行官にも会い、以下のように訴えているのを聞いた。 「私たちはこの問題を抱えている。私はこの問題に対して何かをしてみたいと考えている。しかし、何をすればよいかわからない。」 そこで、市政代行官とブラウンは外に出て、若者たちと話し、彼らが何を考えているかを聴いてみることにした。話をした若者たちはこう答えた。 「見て。私たちはそういう問題じゃない。私たちに何かすることをください。私たちがくつろげる安全な場所をください。」

ブラウンたちはその若者たちの返答を聞いてこのように反応した。 「えっ、それだけ?それがあなたたちの欲しいものすべて?」 ブラウンは学校管理者に説明し、高校の体育館を夜に開放することを決めてもらった。警察署長にも説明し、勤務時間外の警官を体育館の入り口で警備をしてもらうようにお願いした。

ブラウンは警察署長に「もし、体育館に100人の若者が来れば、街角から100人の若者を救うことになるのだ。これはやる価値がある!」と説得していた。ところが、体育館を解放した最初の夜に集まった若者の数は、なんと1,100人だった。体育館に若者たちが殺到していたのだ。若者たちは観覧席に座り、ただ話しながらくつろいでいた。バスケットボールやバレーボールをして楽しんでいる者たちもいた。

学校の休暇期間中に開放した体育館には毎晩平均1,100人の若者たちが訪れていた。この解決策は牧師、学校管理者、市政代行官、警察のいずれでもなく、若者たち自身から来たのだ。若者たちが「私たちがくつろげる安全な場所をください。」と言い、それを実行しただけだ。 本事例のストーリーは以上です。

次回は本事例を振り返り、どのような思考パターンや行動パターンがソーシャル・イノベーションを引き起こすポイントとなったのかを考察していきます。お楽しみに。 *10ポイント連合が掲げた10項目の行動計画については以下のホームページに掲載されています。 http://btpc.org/about.php