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事例に学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理 第3回:ボストンの奇跡 – 牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動(後篇)2015年3月18日

2015年03月18日 吉村 崇 [バランスト・グロース パートナー]

国内外の優れたソーシャル・イノベーション事例を紹介し、社会起業家の思考パターンや行動パターンについて学んでいく本コラム「事例に学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理」シリーズの第3回目となります。今回は、前回「ボストンの奇跡 – 牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動(中篇)」までを振り返り、本事例におけるソーシャル・イノベーターであるブラウン牧師らの思考パターンや行動パターンから学ぶべきポイントや、ソーシャル・イノベーションが起こりえた要点について、筆者の視点も交えながら簡単に解説していきます。

●暴力事件のエスカレートから激減までのシステム・ダイナミクス

本事例のように様々な環境や関係者が互いに影響を及ぼし合い、原因と結果が複雑に絡み合う状況を分かりやすく表現しようとする場合、因果ループ図を用いることが1つの有益な方法である。 因果ループ図とは、システム思考のツールの1つで、システムを構成する要素(変数)間の相互作用(因果関係)をフィードバック・ループの組み合わせによって表現した図である。因果ループ図は、ある変数の値の増減が別の変数の値の増減に影響を与えていることを矢線で示し、その連なりでシステムを構成する要素同士の因果関係の循環を記述する。矢線自体はその両端に位置する2つの変数だけに着目して、その因果関係を表わすが、この簡単なルールを組み合わせることで、複雑なシステムの振る舞いを表現する。 まずは、若者による暴力事件がエスカレートしていく状況を因果ループ図で示す。(図1)

図1の若者による暴力事件がエスカレートしていく状況では、街中のドラッグやギャング、銃が横行している現実を見て、人々は今の世代を諦める気持ちが強まり、現実逃避活動に走るようになる。その活動は主に消極的、内向的、防衛的、回避的な行動となり、牧師は教会内だけで活動し、親たちは子供を外で遊ばせず、警官は犯罪を見て見ぬふりをするようになる。その結果、若者たちの居心地はますます悪くなり、街の犯罪増加に拍車をかけている。一時的に、警察による上からの是正措置として「疑わしきは職務質問」という一方的な方針を打ち出すが、地域コミュニティからは黒人への人種的偏見と見做され、若者たちの居心地をかえって悪くする結果となっている。2つのループがいずれも拡張型となり、悪循環の繰り返しとなっている。 次に、牧師たちによる活動により暴力事件が激減していく状況を因果ループ図で示す。(図2)

図2の牧師たちによる活動により暴力事件が激減していく状況では、牧師たちが積極的に外に出て若者たちとの関係性を築き、地域の警察や弁護士、裁判所の関係者と協力体制を築いている。その結果、地域コミュニティと若者たちとの関係性が良くなり、若者たちの居心地が良くなることで、街のドラック、ギャング、銃などの犯罪が減少していった。牧師たち積極的な活動に起因したこれらの変化が大きな平衡ループを生み出し、犯罪増加の悪循環から抜け出して、バランスの取れた変化の連鎖を生み出している。 図1と図2を比較すると一見大きな変化がないように見えるが、図1では一時的な是正措置であった「疑わしきは職務質問」が悪循環をより加速させたことに対し、図2では「積極的に外に出て関係構築」がレバレッジ・ポイントとなり、悪循環が減速するフィードバックを与えた結果、全体としてバランスの取れたフィードバック・ループが繰り返されるようになっている。

●本事例から学ぶソーシャル・イノベーターの行動原理

1. 第一歩は壮大な戦略の一端ではなく、他に手がなく試さずにはいられなかった実験 ブラウン牧師たちの第一歩(深夜に市街地を歩き回る街角委員会)は、最初から成功の確信があったわけでもなく、綿密に計算された計画でもない。もしかしたら何かが変わるかもしれないという期待と失敗するかもしれないという不安とが入り混じった状態でその一歩を踏み出したのだろう。それはまさに実験と言うに相応しい。失敗する可能性は大いにあるが、その一歩がなければ社会は変わらず、市街地での暴力事件を避けて、郊外の平和な世界だけで生き延びていたのかもしれない。 2. 社会を変えるために自分が変わる ブラウン牧師たちは市街地でギャングの若者たちと対峙した時、自分たちの価値観を振りかざして相手に是正を求めるのではなく、まずギャングの若者たちへの偏見・認識を改め始め、ギャングの若者たちの気持ちを理解した上で、10ポイント連合でのいろいろな活動を有機的な協力関係の基で行っていった。 3. 関係者を巻き込み、協力体制を築く ブラウン牧師たちは社会から問題視されている少年や若者たちから信頼を得つつも、一見敵対しているように見える、警官・政治家・裁判所・聖職者などとも協力関係を築いた。その結果、学校休暇期間中の体育館の開放という活動を行い、成功することができた。 4. ソーシャル・イノベーターはルール(固定観念)を変える

  通常のルール(固定観念)   ソーシャル・イノベーターの視点
分離のルール: 街のギャングと自分たちとは違う人間だ 街のギャングも自分たちと同じように家族(信頼できる仲間)を求めている
回避のルール: スラム街は危険な場所だから行ってはいけない 深夜の市街地に出かけてギャングの若者たちと交流する
不寛容のルール: 暴力を非難はするが、理解はできない 家族(信頼できる仲間)を守るために暴力となる場合があると理解する

以上で事例「ボストンの奇跡 – 牧師たちによる青少年の殺人事件撲滅運動」の紹介・考察は終了となります。次回以降では、別のソーシャル・イノベーション事例を紹介していきます。