プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

VC型上司の時代ー社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(2)2017年2月16日

2017年02月16日 細谷淳 ベンチャーキャピタリスト

第1章:VCが行なっていること:ベンチャー企業を見立てる、ベンチャー企業のwho, why, what, howにハンズオンで関わる

よく聞く「事業の目利き力」という言葉は嫌いである。自分にはそんな超人的な資質には恵まれてこなかったというひがみもあるが、多くの場合は事業化に関してあまり土地勘のない人がそういうスキルが存在するに違いないという憶測で用いている場合が殆どだからだ。 VCの業務に関して言えば、起業家の話を聞き、事業計画書を見て、一通りデューデリジェンスして、「これだっ」と閃いて成功する将来が水晶玉にくっきりと見えるということだろうか。残念ながらそんなドラマチックな現場に居合わせたことがない。確かに、投資時点ではその成功を信じて疑わないし、それこそ恋愛の初期感情の様に、内包するリスクよりバラ色の将来の方が過大に認識されるある種の昂揚感も存在する。また世の中には結果的に成功する人がいるし、後付けで美しく振り返ることもあるだろう。 しかし過程としての現実は甘くないし、不透明で、不確実性に富み、不完全の塊以外の何物でもない。一般的には、そこに突っ込んでいく姿は一か八かの博打か、あるいは自暴自棄による投げやりな投機かのどちらかであろう。因みに以前は事業というより「技術の目利き」という表現が多用されていた。Innovationも技術革新と訳される。これは技術的進化に殆どのイノベーションの関心が集中していた時代を反映しているし、また文系出身者が占める金融機関の負い目からそのような職人気質な能力への憧れも背景にあったのであろう。それだけ怪しげで胡散臭い技術を謳った事業計画が多かったのも事実だが、この「技術」を「事業」に単に置き換えてしまう安易さにもベンチャー投資の現場から遊離した意識の低い状況を見て取ることができる。

初めに断っておくと、私の場合、いわゆるハンズオン的なベンチャー投資において失敗の経験数の方が成功よりはるかに多い。また、テクノロジー偏重で半導体や二次電池を含むデバイスやハードウエア事業への投資も多く、華やかな分野でもない。従って、極少数の成功事例を無理矢理一般化して成功モデルをぶち上げるような度胸ある提案を示すことは出来ないし、幸いにもその程度の謙虚さは失ってはいない。ここで言う失敗とは、もちろん投資先が結果を残せないことであるが、それに加えて後年成功する投資案件を謝絶してしまうことも含まれる。売上やユーザー数など数字で表現できない初期段階で「目利き」することは本当に難しい。

目利き力でないとすると一体どんな資質が求められるのか。適当な言葉が容易に見つからないが、ここでは敢えて「胆力」とでも申しておこうか。投資した瞬間から始まるマジカル・ミステリー・ツアーに貴方はついて来ることが出来るだろうか。想定との乖離、予期せぬ事の連続、経営陣の仲違い、開発の遅れ、市場環境の変化、そして事業のPivotにより初期投資時点の議論は遠い過去のものに。そうしているうちに資金は底をつき、追加投資か見限るかの判断を早々に迫られる。誰かのせいにしたところで責任は逃れられない。事業の目利きを無意味だとは言ってないし、放棄する気もない。ただし、本来様々な条件下で移ろうのが事業構想でありビジネスプランであることを念頭に置き、クリステンセン教授の言葉を借りれば、「これが成り立つためには何が言えればいいか」という投資仮説の前提条件にシビアに目を光らせる作業が必要となる。つまり、未知の世界に踏み出す度胸と、そこで繰り広げられる受け入れがたい現実に決して動揺しない強い意志、揺るぎないチームへの信頼、そして同時にDeal Killerとなりうる事象を冷静に見極める力ということになろうか。

前述した「不透明で、不確実性に富み、不完全の塊」に話を戻すと、VCとして手当てすべきは不完全性、つまり足りないものを補っていく作業である。大事なのは元々そのベンチャー企業或いは起業家が持っているイノベーティブな要素を損なわない様にすることである。そしてその要素は往々にして不透明で不確実性とは表裏一体であるが、言うまでもなく飛躍の原動力であるからだ。

第一章は本題から逸れることを覚悟の上、VCが起業家のアイデアと向き合うときの思考プロセスを幅広い側面から描写することを試み、それらをイノベーションを意識した社内のリーダー達が転用していくためのイメージを掴んでいただきたいと思う。

第1節:ベンチャー企業を生み出す基本構造−アイデアをイノベーションに結びつけるためのVCサイドのハンズオンチェックリスト(前)

誤解を避けるために最初に申しておくが、ハンズオンと言っても当然ながらVCが主役になることは永遠にない。元々のアイデアも、それを昇華させたイノベーションも全て起業家が成し遂げるものであり、VCは必死にその突飛な世界観を理解しようと努めるものである。理解出来ないのは自分の能力が劣っているのだという謙虚さを持ち、決して途中で話を遮ったり揚げ足をとるようなコメントや質問をせず耳を傾けるのである。一般的にハンズオンは投資後のバリューアップの手段と考えられがちだが、投資検討の段階からそれは始まっている。最初は不完全な提案であっても、そう言ったプロセスを通じてよりsolidで精度の高いプランになっていく事を目指すのだ。過去の経験では初回ミーティングから3年間かけて投資に踏み切った例もある。 また投資前の段階におけるこのチェックリストは、投資先を発掘選定する基準を定めたものとは必ずしも同じではない。一部は重複するが、どちらかというと、単なるアイデアをイノベーションに近づけるために不足している部分は何か、何を補えばいいのかを探るためのポイントという位置づけが正しい。主役は起業家と言いつつ、経営能力を議論の対象にしていないのはそのためであり、実際には起業家を含めて経営チームの資質が投資判断の重要な要素となる。

分かりやすくするために、ここでは
(1)ソリューションとしての基本コンセプト
(2)市場
(3)技術と実現可能性

という3点に集約してみることにする。これら三拍子が揃うことが成功の要因であるが、逆の言い方をすると、結果的にこのうちの一つが不十分であるが故に多くのベンチャー企業は消えてゆくことになる。また最初から二つ以上が欠落しているとVCから投資を受けることはまずあり得ない。ここで技術が3番目に来ている点も重要である。先述したビジネスモデルのイノベーションで、Howは実現手段として最後の検討項目であるとの認識と同様であり、何かとこれが先行してしまう日本の状況を改善する意味でも大事な意識ポイントである。 そしてこれら3項目それぞれに於いて、理念としての”Big Picture”と、こだわるべき”Detail”が必要である。通常はこれがどちらかに偏っているケースが多く、VCとしてはそれを補うような議論を働きかけることでバランスを確保する作業が欠かせない。

<(1)ソリューションとしての基本コンセプト>
ソリューションというからには、「誰の(Who?)課題を解決するソリューション(What?)なのか」、という話であるが、ここが起業家の思いが一番色濃く反映されるものであり、イノベーションの予感に興奮を覚えるかどうかの試金石となることは言うまでもない。基本的にBig Pictureであるが、この課題が未だ顕在化していない場合は厄介である。そこで、その課題の前提となる条件は何か、即ち「これが成り立つためには何が言えればいいか」に関するDetailが求められる。もし、課題がさほど顕在化しておらず、それらを予見させる前提条件が説得力を持つならば、そのストーリーは大いなる期待を持って賭けてみる価値のあるものと言うことになる。 以上を踏まえて、主に投資前の段階における4つのチェックポイントを示してみる。

I. 常識にチャレンジしているものか
冒頭申したように私は非常識故にユニークなアイデアが好きだ。常識を疑うことは難しく、ともすれば何が検証すべき常識であるかも気づかずに当たり前のように過ごす日常の中で、それを見出してチャレンジする行為は正にイノベーションのSeedといっても過言ではない。チャレンジすることは勇気を伴うが、それ以上に起業家のセンスが問われるところでもある。受け手としては、時に困惑することもあるものの、このような起業家の目線や目の付け所に遭遇することはいつもワクワクさせられ、視野の拡がりを実感できるものである。

II. ビジネスモデルのイノベーションの可能性
技術系の投資を進めて行く上で私が一番苦労した点はこれである。1990年代までのシリコンバレーのように、例えば半導体という製品形態で性能を競っていたときはあまり意識する必要はなかった。しかしネットバブルを経た2000年以降は様相がドラスティックに変わっていき、リーマン・ショック前後にはこの視点無しには大きな成功はないと言える状況になってしまう。Intellectual Propertyのマネタイズ方法として、もはや従来より基本性能が向上した商品を従来と同じ方法で販売し、従来と同じ収益モデルで事業を継続することはベンチャー企業にとっては厳しい。資金力やブランド力で優る既存の大手プレーヤーには太刀打ちできないばかりか、技術の革新性が既存の枠組みの中で過小評価されてしまう。ベンチャー企業としての戦い方の革新、即ちビジネスモデルのイノベーションが伴う必要がある。一朝一夕には成し遂げられないが、そこへチャレンジする熱い姿勢と仮説の前提条件選定における冷静な判断が求められる。

III. ユーザーの行動に変化をもたらすか
分かりやすい事例としてiPhoneの登場は電車の中やホームでの通勤客の行動を一変させた。古くはWalkmanがそのインパクトをもたらした。真に破壊的なイノベーションは文化への強いインパクトを持つ。これこそ実現するまで俄には信じられないし、そのような世界観は常識へのチャレンジと表裏一体であるが、それが予見不可能な訳では決してない。通勤客の殆どが手にしているスマホを例にすると、Walkmanが切り開きiPodが進化させた電車で音楽に没頭する行動、そしてガラケーが実現した電車でメールやチャットする行為、これらに新聞を含む電子書籍やSNS、本格的なゲームの合流を可能にする処理能力と使い勝手が加われば通勤客がどれだけスマホに依存していくかは説明がつく。このように後付けでは誰もが納得することを事前に夢想することが難しくもあり楽しい作業なのだが、それは間違いなくベンチャー企業の役目とも言える。 ベンチャー企業ではないが、Appleが実現したイノベーションのもう一つ卑近な例を付け加えると、現在フルマラソンにも参加する50代の私が走り出したきっかけは、疑いもなく2006年に登場したNike + iPodであるという事例が挙げられる。音楽を聴きながら自分のランニングを気軽に記録しそれを友人とシェアする、という単純な仕組みだが、これが私の人生を大きく変えたと言っても過言ではない。友人への自慢や見栄という不純なモチベーションのみならず、世界中のNike + iPodランナーとバーチャル空間でリアルなレースに参加する文字通り” Human Race”と名付けられた大会がもたらした未来志向の実感は、腰痛に悩む慢性的運動不足の中年男をも自発的に走らせ、そしてマラソン・ランナーの端くれにまでしたのである。

IV. 弱者へのツールとなるか
既存の業界がテクノロジーと融合して次世代型サービスへ進化する動きが盛んであり、Ad-Tech(広告)やEd-Tech(教育)など××Techと呼ばれている。進化の度合いが不連続であり段違いになる点が特徴だが、それだけにとどまらない。これまで社会経済的な弱者として十分なサービスを受けて来られなかった層に対してツールを与え普及の幅を一気に拡げるところに本質的な迫力がある。FinTechが単なる技術論的に捉えられるものではなく、正にこれまで金融サービスでは軽視されてきたユーザー層に支持され、伝統的な金融秩序を脅かすばかりのポテンシャルを秘めている点がこれまでの技術進化論とは大きく違う。大手金融機関がこぞってFinTechベンチャーとの提携を模索しているのは、程度の差はあれ、それが規模の優位を簡単に覆す驚異になり得ると理解しているからに他ならない。このようなパラダイムシフトにつながるイノベーションは正にDisruptiveであり、非常に有望な投資領域であることは言うまでもない。

一方、投資後においては、この基本コンセプトがぶれていないかを日頃の様々な経営判断に対してチェックを行いつつ、それを実現するために不足を補い大きく展開させるための外部リソースを紹介することなどが主なハンズオン項目になる。このことはPivot(事業転換)という大きな意志決定に於いては益々重要である。バスケットボールのピボットと同様に軸足がぶれないように意識を向けさせ、大胆さの中に基本理念の統一性を保つことで、これまでの蓄積を活かしつつ新しいリスクを最低限に絞り込む試みをするのである。

次号ではチェックリストの残りの<(2)市場> <(3)技術と実現可能性>について取り上げたい