売上高1兆円以上のグローバル企業A社、一般的には「エクセレント・カンパニー」と言われる企業の製造現場で実際に起こっていた「非常に生々しい」問題症状を見立て、打ち手を施す変革プロジェクトをお手伝いする機会を頂きました。本コラムでは3回にわたり、その事例を紹介いたします。(執筆:山碕 学 /プロセスワーク監修:松村 憲)
*尚、機密保持の関係上、匿名性を担保しながら、可能な限り実態と実際が伝わる内容となるよう工夫しています。
前々回(第1回:間違った見立て、間違った打ち手 )、前回(第2回:成果につながらないチームビルディングは行わない)で、「診:診断する」⇒「証:症状を見立てる」⇒「療:治療する」という3つのステップからアプローチし、「療」の部分に『成功循環創造を目的としたチーム・コーチング』を導入した事例を紹介してきました。
今回(第3回)は、我々が組織課題解決のベースとして活用している「プロセスワーク」(組織の関係性心理学)の視点から、この事例を読み解いていきます。
*プロセスワークとは
物理学者、ユング派分析家でもあるアーノルド・ミンデルが創始した心理手法であり、プロセス指向心理学とも呼ばれる。問題や課題には意味がある、という目的論の視点に立ち、気づきの力を養うことで本質的な変化が起きることを促していく。
第1回でご紹介した通り、この取り組みの「診:診断する」として、マネージャー、社員へのインタビューから開始しました。
そのインタビューにおいて、「現場がこうなんです」と話す加藤課長、田中主任には「おびえ」が感じられました。チーム(課)のトップであるというのにです。
プロセスワークには「合意された現実 Consensus Reality(CR)」「ドリームランド Dream Land(DL):合意されにくい現実レベル」「エッセンス Essence(E)」という3つの現実レベルと、「ランク」という考え方があります。
(「3つの現実レベル」の詳細の解説は、こちら)
(本事例においては、CR、DLの視点から見ています)
合意された現実レベル(CR)レベルでは、
●マネージャ:役職ランクが高い ●ベテラン社員:役職ランクが低い
しかし、ドリームランド(DL)=合意しにくい現実レベルでは、
●マネージャ:心理ランクが低い ●ベテラン社員:心理ランクが高い
という状態でした。
心理的ランクとは、内面的な主体性や心の内にあるパワーのことです。
ベテラン社員の心理ランクの高さは、
・長年の現場経験
・マネージャたちよりも長い、この現場での担当実績
でした。
一方、マネージャたちの心理ランクの低さは
・現場問題解決の有能感のなさ
・現場との感情的な関わりが苦手
・現場経験が少ないことによる遠慮
が原因でした。
(「ランク」の詳細の解説は、こちら)
インタビューを通して見えた3人のマネージャたちの「おびえ」は、この心理ランクによるものであり、具体的には下記のような「おびえ」を持っていました。
おびえの正体
1)ベテランの影響力(パワー)や現場の苛立ち
2)蓄積され続け、整理されていない必要以上のタスク(見える化できていない不安)
3)関わることが苦手な3人:交通整理してほしい現場からのプレッシャーに対し、交通整理が苦手なマネージャ3人と感情的な関わりが苦手な加藤課長
※本事例から離れますが、「役職ランクが高い人の強すぎる心理ランク」と「社員の低すぎる心理ランク」という組み合わせになっているチームの場合、マネージャのマイクロマネジメント化と社員の思考停止が起こるケースが見られます。(マネージャーが無自覚であればハラスメント構造につながるでしょう。)
このような役職ランクと心理ランクの逆転現象は、「役割」においても影響が出ていました。
合意できるCRレベルで会社・組織が与えている「役割」=外的役割は、
●マネージャ:問題解決を含めたチームのマネジメント
●社員:担当ミッション・タスクの遂行
ですが、
合意していないDLレベルで起こっていた「役割」=内的役割は、
●マネージャ:心理ランクの低さから来る「傍観者」「被害者」であり、現場においては「お客様」
●ベテラン社員:「リーダー」。やむを得ず発揮する問題解決へのリーダーシップ
でした。
(参考:「外的役割・内的役割」の解説は、こちら)
このCRレベルとDLレベルの不一致は、
■公式の「リーダー」役割が不在であり、「傍観者」「被害者」に立つマネージャたちへのストレス・苛立ちをベテラン社員に生み出した。そのストレス・苛立ちは心理ランクの低い社員への毒素となった。
■また、ベテラン社員のリーダーシップは、非公式であり、組織の正統なリーダーシップではないために、一部の社員にとっては「ベテラン社員の越権行為」と映り、不平・不満につながった。また、現場スタッフが公式の社員の声に従うと、非公式のリーダーからやり方や理解が違うと怒られる、といったような混乱が現場で多く発生していました。
このような現場の心理的な状況が、不健全化、離職者数の増加につながった、というのが我々の見立てでした。
これまで述べてきたプロセスワーク視点での構造をシンプル化したものが下図になります。
このように問題症状を起こしている原因や早期の健全化のためのボトルネックを特定できれば、どのような支援が必要かを考えるステップに入ります。
(このケースで特定したのは、マネージャたちの心理・思考・態度でした)
その際に有効なプロセスワークのフレームは、
●エッジ:変化の妨げになる障壁
●一次プロセス:人や組織が普段慣れ親しんだアイデンティティ
●二次プロセス:人や組織が避けることができない変化の先にある来るべき新しいアイデンティティ
の3つの観点から考えます。
(詳細の解説は、こちら)
マネージャたちの1次プロセス(慣れ親しんだアイデンティティ)
●我々は現場に関わらない。現場の問題は現場でなんとかしてほしい。現場以外の仕事はちゃんとやる。
エッジ(変化の妨げになる障壁)
現場に対する「おびえ」。具体的には現場の様々な立場から伝わる不平不満。
●問題解決できる有能感がない。膨れ上がる問題に向き合いたくない。(実際に問題解決を試みる=>現場が期待する=>解決されるべきだった状況が悪化する、というバッドサイクルの発生)
●ベテラン社員のパワーや不健全化した現場の感情と向き合えない。(現場ランクの高いベテランの主張に圧倒されてしまう。スタッフの感情的課題に過剰な対応や心配をしてしまう)
二次プロセス(必要な新しいアイデンティティ)
●CRレベルでもDLレベルでもマネージャが問題解決のためのリーダーシップを発揮する。役職ランクに見合った影響力・パワーを取り戻している状態。
このエッジを越え、マネージャたちが二次プロセスへと移行するための支援策は
●マネージャの心理ランクを高める手助け
●マネージャの「役割」のCRレベルとDLレベルの一致(傍観者・被害者から問題に立ち向かうリーダーへ)
であり、
言い換えると
●マネージャたちの「おびえ」を理解し、「おびえ」に寄り添う。
●我々のリソースと社内の問題解決支援リソースを活用し、問題解決への有能感を創り出す。
●ベテラン社員や現場の感情と向き合う勇気を醸成し、必要なスキルを提供する。
というものでした。
この支援策をチーム・コーチングという形で実施しました。
(なぜチーム・コーチングだったのか? コーチングを通して具体的に何が起こったかについては、第2回を参照ください)
以上が、プロセスワークの視点から見た、本事例です。
この事例の3人のマネージャから我々が学んだことをお伝えして、本事例の紹介を閉じていきます。
今のVUCA時代、これからも環境変化スピードが加速し続ける時代において、1人のスーパーリーダーで環境適応、課題解決できるのか?
そんなスーパーリーダーをつくり出せる会社になっているのか?
という問いが、この事例から問われた気がしています。
高度成長時代に現れた、厳しさも併せ持ったスーパーリーダーが、今の時代には「パワハラ・マネージャ」と映るような環境になっていないだろうか?
古き良きスーパーリーダーをつくり出すことは、今の時代に適応できる解決策なのだろうか?
そうではなく、これからの時代、オーセンティック・リーダーシップとシェアード・リーダーシップが重要ではないか。
オーセンティック・リーダーシップ(自分らしさを持ったリーダーシップ)を発揮する。つまりは、「得意なこと・苦手なことまでオープンにする」、
その上で、シェアード・リーダーシップを発揮する。つまりは、複数のリーダーが自身の強みを発揮し、他者の強み・弱みを尊重し、現場のリーダーシップをも活かしながら組織をリードする。
そんなリーダーシップを組織に創り出すことが我々のミッションである。
この事例を通して学習したことでした。
以上