2014年01月30日 祖父江 玲奈[バランスト・グロース パートナー]
イノベーションをいかにして起こすのか。 近年、その論議の中心にあるのが、デザイン思考です。創造力をフルに発揮し新しいイノベーションを起こすデザイン思考は、21世紀の問題解決手法として、今後より注目が集まると考えられます。 このデザイン思考において、女性の活躍の場が広がる要素があります。女性の特徴の1つである”共感力”です。
創造力を高め、イノベーションにつながる思考法として注目を集めるデザイン思考。実用的な対応案・効果を作り出すことを目的とし、アイディアを積み上げていく未来志向型の思考法です。ロジカルシンキングは課題を分析し原因を追求する思考法であり、両方とも問題解決に使われますが、アプローチが異なります。 デザイン思考がビジネス界で大きく注目されたのは、アメリカの有名なデザイン会社、IDEOによる提唱です。IDEOが有名なのは実績もさることながら、コンサルティングサービスを通して培われた、イノベーションを起こすための明確な方法論にあります。
IDEOの特徴的アプローチは”人間中心の設計”(Human-Centric Design)。商品やデザインについて考えるときに、モノではなく、人に着目して考える思考法です。その象徴とも言えるのが「共感する」(Empathize)という最初のステップです。 「イノベーションは見ることから始まる」*1とされ、デザイナーやエンジニア自身が調査に出かけ、自ら観察し気づきを得ることを重視します。
百聞は一見に如かずと言われる通り、伝聞で知ることと、自分自身で経験することには大きな差があります。「共感」(Empathize)とは、誰かの感情や思考に気づき、理解し、共有して味わう、ということ。観察や対話といった経験を通じて、統計データや調査結果といった客観的な事実に、背景や事情(Context)が加えられ、言葉にされていない潜在的なニーズを解明するための方法論です。 「共感する」ステップの後、解決策を検討するテーマを定義します。つまり「共感」によって、解決策の方向性や有効性が決まる。”共感力”はイノベーションを生み出す大きなカギと言えるでしょう。
新しく注目されるデザイン思考。これまでのマーケティング調査とは何が大きく違うのでしょうか。
マーケティングの落とし穴の一つに、「顧客は嘘をつく」があります。これは主に2つの理由に因るものです。 1つは、悪意なき嘘です。顧客は意見を言うことはできますが、どんな商品が欲しいかを具体的に要望することはできません。例えばジュースの試飲で味がまずいと感じた場合、おいしくする方法はわからないし、まずい味を丁寧に表現したくはないでしょう。市場投入前の商品に対する購入意向調査は、購入したいと答えた顧客が必ず商品を購入するわけではありません。 2つめに、モラルがあります。「社会的に正しい」に反していると思えば、実態と違う回答を(無意識に)するのです。例えば、トイレの後に手を洗いますか、という質問。基本的に全員が「洗う」と回答します。でも実際にトイレに隠しカメラを設定してみれば一目瞭然。全員が手を洗うわけではありません。
デザイン思考が既存のマーケティング手法と異なる点の一つは、事実をデータで見るだけではなく、自らの目、耳、体を通してお客様の課題を知ること。言葉で聞くだけでなく、事情や背景(Context)も理解する。それは「共感する」ことから始まるのです。
この重要な”共感力”に女性は長けていると言われています。男性脳は「体系化」する脳、女性脳は「共感」する脳と言われており、女性脳を持つ割合が高い女性は相対的に共感力が高いと言われます。
この共感力と関係が深いのがエピソード記憶です。研究により、女性は男性よりもがエピソード記憶が優れていると言われています*2。エピソード記憶とは、意味、映像、エピソードなどに分解され別の場所に記憶された要素が、海馬のエピソードを介して一つの記憶を構成する記憶です。さらにエピソード記憶は、友人との会食というエピソードを何度も思い出すことにより、友人の顔、ワインの味、かかっていた音楽など要素間の繋がりが強くなり、最終的に海馬を介さずに音楽を聞くだけでその会食の記憶がよみがえるというものです。
エピソード記憶が強いと、一つの事実を思い出すことによって、情景や感情も合わせて思い出されます。一方、エピソード記憶が弱い男性脳は(相対的に)意味記憶が強く、それぞれの要素を関連させることなく独立した事実として、個別に思い出します。例えば結婚記念日を考えてみると、女性にとっては、日付、そのときの感情・感動、結婚式の情景が合わせて記憶され、忘れることは困難です。一方、男性にとっては結婚記念日の日付は単なる日付であり、感情や情景は日付から思い出されることはありません。
女性脳的な共感力は、一つの事実から関連する他の事実を想起することができる。客観的な事実だけでなく、一見関連性の薄いと思われる感情や感覚のつながりを見出す可能性を秘めています。
日産自動車のミニバン、セレナ。これは、ミニバン売上げナンバーワンを3年連続達成している人気車種です。ミニバンは7〜8人乗り、家族みんなで出かけるための車です。子供の野球チームの遠征やママ友の集まりなど、いろいろなシーンで使われています。 2代前のセレナ(C24)のキャッチコピーが、今もセレナが選ばれる理由を説明しています。
ミニバンは、スポーツカー好みのお父さんにとっては、家族で出かけるためにミニバンに乗るという消極的な選択肢でした。ですが、お母さんにとっては、素敵な家族を実現するモノ。まさに、家族の楽しい思い出そのものを買うとも言える、積極的な選択肢です。 モノより思い出。楽しい家族の時間を作るというイメージが、女性の共感を呼び、大ヒットの推進力となりました。
“共感”し、どんなモノや価値を提供していきたいと思えるのか。それこそがイノベーションの始まりです。女性の”共感力”が、イノベーションへの近道を拓いてくれる日も近いかもしれません。
イノベーションに女性視点を活かすには 前回の記事は<こちら>から
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*1「発想する会社!」トム・ケリー&ジョナサン・リットマン 早川書房
*2 Brain activation during episodic memory retrieval: sex differences