2016年02月19日 佐野浩子[一般社団法人 日本プロセスワークセンター 代表理事/CEO]
繰り返し同じ問題が起こる…そんなことに遭遇したことはありませんか? ある一般病院の病棟での出来事です。患者さんが、看護師・医師などのスタッフを「優しい人」「怖い人」に分けて怖い人を拒否し、「優しい人」のケアだけを受け入れ、「怖い人」には悪態をつき、怒鳴りつけるのです(「怖い人」の名誉のために言っておきますが、決してこの方達が本当に”怖い”というわけではありませんでした)。患者さんのこの差別はスタッフの間に目に見えない亀裂と感情的なわだかまりを生み、組織を疲弊させました。また、いつもは慎重なスタッフがありえないようなミスをして、この困った患者さんの悪態をさらに引き出してしまうといった”副作用”も生じてきました。「早く退院させたい」という思いがスタッフの中に湧き上がり、ようやく退院となりほっと一息つくと、すぐにまた別の同じような「困った人」が入院してくるのです。こうして、患者さんのタイプは多少違えども、同じような問題が繰り返されていたのでした。ある看護師さんはこんな風に呟きましたー「この病棟にある何かが、困った患者さんを呼んでくる。私たちが何かを学んで変わらない限り、これは永遠に繰り返されるのではないか」…企業組織であろうが病院であろうが、組織において同じような問題が繰り返されることは珍しくありません。パワハラな上司が異動になったと思ったらまた似たような人が上司になる、うつ病で休職していた同僚が復帰したと思ったら、今度は別の人が休職する…こうしたケースを実際に体験した方もいらっしゃるのではないでしょうか?
プロセスワークでは、「困ったこと」は意味があって起きていると捉えます。どのような場にも見えない次元が存在し、そこには川の流れのような物事の変化の流れがある。これを「ドリーミング」とよび、時にこのドリーミングが困ったことを生じさせ、個人や組織に何かを学び変化するように迫ると見るのです。そして私たちが知らず知らずの間に、このドリーミングに動かされて担ってしまう役割のことをプロセスワークでは「ロール」と呼んでいます。ロールとは、知らない間にお芝居の役をやっているようなもので、普段の自分ではないようなことを言ってしまったり、やってしまったりします。病棟の例でいえば「怖い人」と「優しい人」というロールがありますが、ロールの担い手は固定しておらず、「怖い人」と「優しい人」のロールを担う人が入れ替わることも度々あります。またロールに入ったり、出たりといったことも自然と生じます(先ほどとは180度違う意見を突然言い出す人がいたり、ということは、ロール理論からいうととても自然なことです)。病棟では、ミスを連発するロールに、複数人が代わりばんこに陥っていました。また、時にはスタッフの一人が「困った人」のロールを取ることさえありました。ロールはこんな風に固定されず、様々な人によって担われる可能性があるのです。そして、組織の中で何かが変革するまで、ロールは誰かを乗っ取り続け、問題は続くのです。
私は「繰り返される問題を何とかしてほしい」と依頼され、病棟のスタッフ会議に出席しました。組織開発としてこの病棟に関わることになったのです。そこで病棟のスタッフに、このプロセスワークの「ロール概念」について説明をしました。すると「ほっとしました」とおっしゃった方がいらっしゃいました。「厳しい人」としてのロールを担うことは、時として自己イメージの傷つきや罪悪感を生み出しますが、それが「ロールであって、あなた個人に属するものとは限らない」と理解できれば、自分と「厳しい人」のロールの間に少し距離が出来て、客観視できるようになります。こんな風に「ロール概念」が理解されることで、こんな風に個人とロールの違いがわかり、そこにアウェアネス(気づき)を持つことができます。
ロールは個々人にアウェアネスをもたらすだけではありません。プロセスワークの創始者であるアーノルド・ミンデルはロールを「場を深める乗り物(vehicle)」だと言っています。 病棟に存在する「優しい人」と「厳しい人」のふたつのロールについて、私は次のように伝えました。「ここには優しい人と厳しい人のロールがふたつあります。みなさんこのふたつのロールにどんな「声」があるのか、ここに立って考えてみてください」。会議室の中央に「優しい人側」と「厳しい人側」のふたつの場を設け、みなさんにどちらかの側のロールを担当してもらい、「相手のロールがどう見えるか、そのロールに対して何か言いたいことはないか?」と問いかけました。最初は多くの人がためらっていたのですが、徐々に声があがりはじめました。「優しい人」ロールからは「もう少し患者さんに優しくしてもいいのでは?」「患者さんに対する視点が冷たい」といった声があがり、「厳しい人」ロールの人からは「いつも患者さんを甘やかして、患者さんから好かれようとしていてずるい」「ルールをルールとして守ろうとすると、厳しい人と言われて納得がいかない」などの声があがり、ふたつのロールが対話を始めました。その対話の中で「厳しい人」のロールの背後に、「優しい人」ロールへの羨ましさや自分が優しくできないことへの苛立ちがあること、「優しい人」ロールの背後には辛く当たられることへの恐怖から厳しくできないという思いが吐露されました。 こうして対話が深まることで、その場に参加した全員がふたつのロールを理解し始めた時、一人の看護師さんがある困った患者さんについてのエピソードを語り始めました。その患者さんが家族の中で厄介者にされていること、患者さん自身が自分の優しい部分をうまく出すことができず、自分の中の「厳しい部分」が大嫌いなのではないか…というエピソードを語り始めました。このスタッフ会議が契機となり、どのスタッフもこれまでよりも奥行きを持った眼差しで患者さんのことを見られるようになりました。また、それぞれが「優しい人」「厳しい人」のロールを理解し、目に見えないわだかまりを「ロールに入っている」というアウェアネスを持つことで和らげられるようになりました。それ以来、この病棟では、問題となる患者さんが入院してきても、早い段階で柔軟に対応し、問題を大きくすることなく退院までサポートできるようになっていったのです。
ふたつのロールの対話を行うと、対立するお互いの思いを伝え、思いを聞くことを通して、場の空気がだんだんと落ち着き、次第に一体感を感じられるような空気になっていきます…これが「場が深まっている」ということなのです。このプロセスにおいて、個人と同じようにロールも成長します。対話を通してロールが何かを感じ、ロール自体も変化していくのです。これはこれまでにロールを担わされていた個人にも影響を与えます。プロセスワークでは、それぞれの個々人の中に、この場に生じたふたつのロールが存在しているとみますーこのスタッフ会議の参加していた一人一人の心の中に「厳しい人」と「優しい人」のロールが存在している。たとえば自分が「厳しい人」のロールを担うことが多く、自分自身でも厳しいタイプだと認めていても、心の中には「優しい人」の部分も影のように存在していると見るのです。ロールの対話を通して、ふたつのロールの声が聞かれ、受け止めてもらうことによって、個々人の中にふたつのロールの存在も場によって受け止められます。これにより個々人の心の表面的な部分だけではなくより深い部分も場によって受け止められることにつながり、自分の中のすべての部分を受け止めてもらえたような、癒しの感覚が生じてくるのです。こうしてロールとともに個人も、ロールでの対話を通して変容し、その影響は組織全体に広がっていきます。つまりロールは個人の心理的世界から、組織のレベルまで通底して存在していることから、そのロールの対話は、個人から組織のレベルまでに影響するとみているのです。
ここでは病棟のケースを事例としてあげましたが、どのような組織においても、様々なロールはかならず存在していますー「加害者」と「犠牲者」、「救う人」と「傍観者」、「リーダー」と「フォロアー」、「賢者」と「愚か者」、「働きもの」と「怠けもの」…あなたが所属する組織にもこうしたロールが存在するのではないでしょうか? その意味で、ロールは人類に普遍的で共通した質を含むといえます(その点では、ユングによる元型=集合的無意識から立ち上がるイメージ、と共通する概念であるといえます)。深層から表れ出るロール同士が対話をし、互いの理解を深めることで、個々人が腹落ちした形で問題を変容させることに結びつけ、組織が成長することを可能にするのです。プロセスワークに携わる認定プロセスワーカーは、組織にあるロールの声を浮かび上がらせ、対話を促す場をつくることで、個々人から組織全体の変容をサポートしていきます。そしてこれは国家や世界のレベルでも同じことがいえます。「テロリスト」「正義の味方」「中立」「仲介者」…こうしたロールを見据えながら、創始者アーノルド・ミンデルは現在政治家への助言なども行っています。プロセスワークでは、ロールの対話も含めたさまざまな方法論を持ちながら、個々人の、そして組織・国家・世界レベルでの問題が癒されることを願っているのです。
今回もお読みいただいてありがとうございました。
<病棟にあったロール>
・第1回:プロセスワークから考える組織の成長
・第2回:個人の成長と組織の変容
・第3回:深層を流れる物語?「ロール理論」からみる組織の成長
・第4回:管理職としての自分を知る?パワーの取り扱い説明書
・第5回:深層を流れる物語?セブンイレブンジャパン社長交代とプロセスワーク流リーダー
・第6回:三菱自動車におけるデータ偽装?プロセスワークから見た隠蔽
・スクール