私共バランスト・グロース・コンサルティングでは、半年間かけて、財閥系製造業の開発・製造部門を中心とした事業部門全体の変革プロジェクトをお手伝いする機会を頂いた。本コラムでは4回にわたり、その事例紹介をさせて頂く。(執筆:石井 由香梨)
*尚、機密性担保のために、一部事実を変更して記載させていただきます。
クライアントの事業部トップ役員は【業界全体が大きな変貌を遂げる中、自社は開発部門が画期的製品開発を行えないことが事業成長の阻害をしている。ついては開発部門、さらには製造部門を基軸にした組織変革が必要である】という問題意識を持っており、開発・製造部門部長層15名が変革プロジェクトメンバーに選出された。
そこで、我々はプロジェクトメンバーである開発部門部長10名、製造部門部長5名に加え、
・営業部門本部長・部長 計3名
・マーケティング部門本部長・部長 計2名
・経営層3名
合計23名に対し一人1時間ずつのインタビューを行い、実態把握を行った。
併せて今回の変革プロジェクトメンバー15名に対する、部下からのアセスメント評価も行い、全方位的な情報収集を行った。
インタビューやアセスメントから見えてきた課題は、当初事業部トップ役員から伺っていた風景とは大きく異なっていた。
一言で申し上げると、
・開発部門、製造部門にのみ課題があるわけではなく、事業部を構成する全ての組織に課題があること
・各部門がその課題の原因は自分のマネジメント力の至らなさもありながら、他部門にもその原因があるといった他責の意識を各部門が持っていること
が特徴的であった。
尚、事業部トップが最も開発・製造を特に問題視していたのは、勿論事実マネジメントに問題があることもあったが、それに加えて開発・製造部門が、本社から離れた場所に位置しておりコミュニケーションが十分に取れていないという地理的な問題、過去の事業部発祥の経緯に遡る部門間の力関係により、過剰に低い評価をされているという構造になっていた。
さて、インタビューで見えてきた課題は下記の通り。詳細をお読みいただくと、それぞれの課題が組織を超えた相互依存関係にあることを感じて頂けることと思う。
顧客からの依頼をベースに製品開発・改良は行っているが、攻めの開発(潜在的な顧客ニーズを自分たちが発見し、まだ競合が出していないような画期的な製品開発)を行える状態になっていなかった。開発依頼は原則営業を通じて受け、あまり顧客と直接コミュニケーションを取る機会は多くない。
―上記のような状態になっている代表的な原因としては、下記が挙げられる。
・営業が顧客要望の取捨選択をあまりすることなく、来た仕事は原則引き受けてくるため、顧客からの依頼には、たとえ市場性がないであろう開発であっても受けざるを得ない
・取捨選択されていない開発を全方位的に行うため、攻めの開発に資源投入する余裕がない(現場が疲弊しており、時間的にも精神的にも攻める体制は整っていない)
・開発が成功した製品であっても、量産化をする際に壁にぶつかることが多く、その場合は再度開発の見直しに時間がかかっている
―上記の実態、原因に対して、開発部門が抱いていた感情は、下記のようなものであった。
・自分たちは営業部門の下請け部門である
・入社時に思い描いていた、研究者魂がくすぐられるような画期的な開発ができない
・量産化は本来製造部門の仕事だが、製造部門の能力不足を自分たちが被っている
大命題である歩留まり改善に腐心するあまり、長期的な改善、人材育成が追いついていなかった。加えて管理職層は営業部門と開発部門との調整業務や、一部工場移管している中国工場のマネジメントに疲弊していた。
―上記のような状態になっている代表的な原因としては、下記が挙げられる。
・歩留まり改善、及びコスト改善に対する指標が厳しく設けられていた
・製造部門を数年経験した正社員は、その後開発部門に異動するケースが多く、即戦力となる人材を確保しにくい構図が出来上がっていた
・開発部門からは、製品の量産化が決定して初めて情報が共有されるため、わずか数か月で量産化の体制を整える必要があったが、日々の業務もあり、新製品の量産化体制構築は容易ではなかった
―上記の実態、原因に対して、製造部門が抱いていた感情は、下記のようなものであった。
・人を育てても他部門に引き抜かれるのは、経営は製造を軽んじているからである
・開発部門はなぜ我々と連携して、早めに情報を共有してくれないのか
・開発部門と営業部門の我儘を吸収するのが自分たちである
業界特性上、自分たちよりも、顧客の方が業界知識を有しているケースが多いため、顧客に対して提案をするスタイルではなく、顧客に張り付いて要望を受け入れるスタイルの営業を行っていた。製品に対するクレームも一手に営業が受ける。
―上記のような状態になっている代表的な原因としては、下記が挙げられる。
・十分な業界知識を得るのに長い年月を有するが、人材が定着していない
・知識は営業よりも開発部門の方が豊富だが、開発部門との協業により営業を行う仕組みや風土がないため、営業単独で活動をしている
・業界的に、いわゆる「お伺い営業」が慣習化されており、顧客に対して「課題をヒアリングし、仮説を立て、提案をする」というスタイルに免疫がなく、そのスキルを営業は有していない
―上記の実態、原因に対して、営業部門が抱いていた感情は、下記のようなものであった。
・この仕事は体力的にきつく、特段スキルが身に着く訳でもなく、長くできる仕事ではない
・顧客には平身低頭で対応しなければならないが、顧客に振り回されている感もある
・顧客の期待値を超える製品開発、製造がなぜ当社はできないのか
・売れないのは、営業が悪いのではなく、画期的な製品がないからだ。競合は強い製品を持っていて、営業は楽ができて羨ましい
戦略的な営業ができていない問題意識の下、数年前に設立された部署。転職してきたメンバーで構成され、市場調査を行い、開発テーマ選定を行うことが主業務だが、マーケティングの市場予測が外れることが多発していた。
―上記のような状態になっている代表的な原因としては、下記が挙げられる。
・非常に市場動向が読みにくい業界であり、重鎮と言われる業界内のオピニオンリーダーの一言で市場が動くこともある
・設立されて間もないため、まだノウハウが十分に蓄積されていない
・他部門のマーケティング部門への信頼が薄く、現場のリアル情報を得にくくなっている(他部門からはマーケティング部門は無駄な仕事を増やす部門だと見られていた)
―上記の実態、原因に対してマーケティング部門が抱いていた感情は下記のようなものであった。
・100%の市場予測など難しいにもかかわらず、他部門は失敗によりフォーカスし、自分たちを評価してくる。我々は過小評価されている
・自分たちの市場予測が外れるのではなく、営業力が乏しいから、本来売れるものが売れていない
・製品開発のスピードが遅いため、開発が完成したタイミングでの市場投入に、すでに他社が入り込んでいる。よって当社はデファクトスタンダードを取れない
上記が各部門で起こっていたことであった。(各部門は記載した以外のマネジメント課題も多く抱えていたが、今回はより象徴的なもののみを記載するに留めている)
各部門での課題は、相互依存関係にあり、まさにひとつの生命体のある部位に問題が起こっているのは、実は他の部位の状態が悪いことに起因する、というシステム思考的なアプローチがまさに当てはまる事例である。
しかしながら自分たちの部門の問題よりも他の部門に問題により目が行く、または自分たちは他の部門から被害を受けている、と思いがちであることも特徴的であった。加えて、事業部全体としての最たる課題は【事業部の明確な戦略が明示されていない】ことであり、この点は全組織を動きにくくし、また迷いを生じさせていた。
仕事柄、多くの製造業と関わりを持ってきたが、今まで関わった顧客の中でも、本事例の組織の状態は深刻であり、職場の雰囲気は非常に暗かったことが印象に残っている。
第2回は「【変革テーマ設定】組織・リーダー自身の状態を客観的に把握し、動き始める」と題し、この組織がどのように自分たちを認識し、どのように動き始めたかをお伝えさせて頂く。
執筆:石井 由香梨(バランスト・グロース・コンサルティング コンサルタント)
リクルートスタッフィングにて5年間営業に従事する。(5年間連続目標達成、および全社、事業部MVP複数回受賞)その後、公募制度を活用し、リクルートキャリアに出向、転籍。経営企画部門マーケティング企画部にてシナリオプランニングプロジェクト事務局、市場調査チームおよび顧客満足度調査チームのリーダーを経験後、新規事業立ち上げに参画する。
2010年より7年間、株式会社グロービス法人部門、シニアコンサルタントとして主に大手製造業に向けた人材育成のコンサルティングを担当。企業内研修にてクリティカル・シンキングおよびビジネス・ファシリテーションの講師を担当。2018年バランスト・グロースに参画後は組織開発コンサルタントとしてエグゼクティブコーチング、オフサイトミーティングの設計・ファシリテーション等を手がける。
・米国CTI認定 プロフェッショナル・コークティブ・コーチ資格(CPCC)取得
・ORSC システムコーチング 応用コース修了
・青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科卒業
・グロービス経営大学院 経営学修士(成績優秀者表彰)