私共は、直近半年間かけて、財閥系製造業の開発・製造部門を中心とした事業部門全体の変革プロジェクトのお手伝いに関与する機会を頂いた。本コラムでは4回にわたり、その事例紹介をさせて頂く。(執筆:石井 由香梨)*尚、機密性担保のために、一部事実を変更して記載させていただきます。
前回は、プロジェクトメンバーが組織や自分自身の実態に向き合う過程での感情の動き、そして感情の変遷を経て自分たちが設定をした課題をご紹介した。
2回目【変革テーマ設定】組織・リーダー自身の状態を客観的に把握し、動き始める
第3回目は、下記2点についてレポートさせて頂く
■プロジェクトメンバー(開発・製造部門15名の部長)は、組織変革に向けて、組織にどんな課題を設定し、そしてどんな壁にぶつかったのか?(組織視点)
具体的には、下記3つのプロジェクトが何を掲げ、どんな壁にぶつかったのかを記載する。
①海外工場への日本の知恵伝承プロジェクト
②開発のテーマアップ仕組み化プロジェクト
③量産化時における開発から生産への移管プロセス仕組み化プロジェクト
■プロジェクトメンバーは、リーダーとしての自身の在り方にどんな課題を課し、そしてどんな葛藤に向き合ったのか?(個人視点)
①自分の意思よりも周りの意思、会社の意思を尊重して行動している、に該当するB部長
②自分の意思を明確に出すが、時に他部門やメンバーと衝突も起こる、に該当するC部長
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■プロジェクトメンバー(開発・製造部門15名の部長)は、組織変革に向けて、組織にどんな課題を設定し、そしてどんな壁にぶつかったのか?(組織視点)
*課題設定までの過程は前回のレポートに記載
①海外工場への日本の知恵伝承プロジェクト
<プロジェクトの趣旨>
現在、この事業は、コスト削減の観点から日本で製造している製品は数年をかけて中国工場生産に移行しつつあり、すでに中国工場での生産量が日本を上回っている。(日本工場は難易度の高い製品のみの製造を担当)一方、日本と中国は製品歩留まり率が20%程度も差があり、中国の歩留まり率が日本並みに改善した場合のコスト削減インパクトはかなりの額であるため、歩留まり率向上を目的に「日本流」を浸透させるプロジェクトを立ち上げ、日本の製造部長(以下A部長)が中国工場にアドバイザーとして短期赴任した。
工場長は中国人で、この方は「日本流」を学びたい気持ちが強いため、A部長を大歓迎した。(日本での勤務経験あり)一方、韓国人女性の製造部長は、は日本からの訪問者を疎んじた。日本人アドバイザーの登場は、自分のポジションが奪われると考えるのは自然の思考回路であり、疎んじたくなる気持ちは人間の性であろう。
<ぶつかった壁・葛藤>
・女性韓国人製造部長との衝突
ホフステードの国民文化六次元モデルを参照すると、統計的に韓国人と日本人の違いは、日本人の方がより「個人主義」が強く「競争や自己主張を重んじる」傾向と出ている。こういった国民文化の違いに加え、性差の違いも、彼らのコミュニケーションの衝突に起因しているようであった。そして根底に流れる対立は、前述の通り、ポジションの奪い合いという解釈が彼女にあったことも想像に難くない。
そのような状況下、中国工場の工程管理の質が日本よりもはるかに劣後していることに対して、さらに、その実態への問題意識が低いことに対して、A部長は憤りを感じ、思わず韓国人製造部長に強い感情をぶつけてしまった。要約すると、「なんで今まで日本から遠隔サポートもしていたのに、こんなにひどい状態なの?工場の基本である整理整頓さえできていない」といった意味合いの言葉であった。
そのことをプロジェクトメンバーに共有すると、「相手のプライド傷つけるでしょ」「相手も日本から乗り込んで来られていい気分がしていないのに、その言葉はないでしょ」「通訳がどんなニュアンスで言っているかも分からないのに、その発言はリスク」「国民性の違いを理解していない」というようなストレートなフィードバックが行われた。
一方でA部長の製造に対する思い入れの強さ故の歯がゆさや無力感も痛いほど伝わってきた。中国の実態は、普段は比較的我慢強い彼が憤ってしまうような状態だったということである。本人は思わず本音を言ってしまった自分の行動を悔いていた。本人の言葉を借りると、「アウェイ感が半端なく、孤独で、思わず感情が出てしまった。いつもは我慢するのに・・」
・マネジメント層の派閥
二つ目の壁は、中国工場のマネジメント層が、バラバラの方向を観ていたということである。工場長と製造部長も考えが異なり、また課長層以下は、工場長派と製造部長派に分かれていた。A部長はあくまでフェアな立場を取ることを心がけていたが、周囲はA部長の立ち回り方に強い関心を持っていることを感じていた。自分の言動ひとつひとつがその派閥にどのような影響を与えるのか、A部長は見極めることができずに、自分が組織のために何をやるべきなのか、迷いが生じていた。
②開発のテーマアップ仕組み化プロジェクト
<プロジェクトの趣旨>
通常、開発テーマ選定は、開発部門主導で行うことが多いが、本事業は営業が顧客から開発要望を受け、その要望に開発部門が答えるというフローが出来上がっていた。(背景は第1回に記載)営業は、開発難易度を判断することができず、顧客の要望を取捨選択することなく受けるため、開発テーマは玉石混合となり、戦略的且つ効率的な開発とは程遠い状態であった。結果、開発者は「自分達は営業の下請け部門だ」という被害意識を秘めながら、忍耐強く開発を行う。この現状を打破するため、本プロジェクトでは、開発のテーマアップを、営業部門と開発部門が協働して行うことで、「顧客の課題解決策につながり得る開発を効率的に実現するための開発テーマアップ仕組み化構築」を目指した。
プロジェクトメンバーは、営業事業本部長に話をする機会を作り、趣旨を伝えたところ、反応は彼らが予想していたものとは大きくかけ離れていた。「営業と開発が協業してテーマアップすることは本来やるべきこと。是非、営業に提案して、彼らを巻き込んでプロジェクト進めて。」だった。ここで明確になったのは、開発部門が営業部門を誤解していた、ということである。営業部門は(少なくとも事業本部長は)、開発部門との下請け部門だと思っているわけではなく、連携を望んでいた。望んでいることは両部門同じだったが、ただお互いがその望みを対話しようという発想を持たなかっただけであったという、この会社の特徴的なメンタルモデル構造が浮かび上がった。
<ぶつかった壁・葛藤>
・自分達の思考の幅の狭さ
見えてきた現実は、「是非、提案してよ」との事業本部長の言葉を受けて、提案を考えるも、本質を突いた提案が作れない、つまり自分達の能力不足であった。彼らが考える提案は、開発部門の意思は伝わるものの、内容自体に抽象度が高く、また顧客ニーズや営業視点を捉えた内容になっていないため、プロジェクトメンバー内から提案内容そのものに対する指摘が多く上がった。要するに自分達の思考の幅の狭さが大きな一つ目の壁として立ちはだかったのである。
・自分達の能力に対する自己嫌悪
二つ目の壁は、考えたくても考えられない、という自分達の思考の幅の狭さへの気づきが、自信を消失させ、プロジェクトの求心力が弱まったことである。「下請けになっているのは、自分達の能力が足りないから、自分達でそうなり下がった」と、声には出さないが、そういう感情が本プロジェクトの根底に流れ始めた。傍から見ても本プロジェクトメンバー5名はエネルギーレベルが低く、他の10名から叱咤されることが多く、その叱咤が負の循環を加速させた。自己嫌悪感との葛藤が壁として立ちはだかった。
③量産化時における開発から生産への移管プロセス仕組み化プロジェクト
<プロジェクトの趣旨>
開発部門と製造部門の情報連携が薄いため、開発が成功し、いざ量産化となった際に問題が発生することがあり、結局量産化に移管するプロセスで両部門の労力を必要以上に割いてしまう事態回避のプロジェクトである。
開発、製造、両部門の部長がプロジェクトメンバーだったため、3つのプロジェクトの中では最もスムーズに事が進んだが、それでも2つの壁が立ちはだかった。
<ぶつかった壁・葛藤>
・総論賛成、各論反対
プロジェクトメンバー全員が、このテーマに賛同したが、各論に入りこんだ途端、「本当にできるのか?」「今の〇〇の開発はどうするのか?」というネガティブな意見が出始め、暗礁に乗り上げそうな雰囲気が漂い始めた。しかしながら、その流れを変えたのは、C部長(後に登場)の「このプロジェクトは目の前のことに右往左往すると何も成し遂げられない。長期視点で考えるべき。そして捨てるものも定めるべき」という一言であった。この一言でプロジェクトの流れは大きく前進し、このチャレンジに対してみんなが前向きになった。よってこの壁はあまり大きなものではなかった。このプロジェクト立ち上げ時に、プロジェクトの本質をじっくり議論できていたこと、そしてプロジェクトメンバー同士の信頼関係が功を奏したと推察する。
・人材育成がされていないこと
上記壁はクリアしたが、現実に目を向けると、今後開発と製造の隔たりを薄くしていくにあたり、人材のレベルがその実現に追い付いていない、という課題が立ちはだかった。特に20代、30代が育っておらず、彼らが部門間をシームレスに、柔軟に対応する能力を身に着けるために何をするべきなのか、という点は部長層の頭を悩ませていた。
■プロジェクトメンバーは自身にどんな課題を課し、そして葛藤したのか?(個人視点)
第2回のレポートで、15名の部長のアセスメント結果が下記2タイプに大別されたことを紹介した。
①自分の意思よりも周りの意思、会社の意思を尊重して行動している
(15人中12人該当)
②自分の意思を明確に出すが、時に他部門やメンバーと衝突も起こる
(15人中3人が該当)
この結果を踏まえ、各人が自分で自分に課題を課し、現場で奮闘した。特に印象的だった2名について記載する。
①自分の意思よりも周りの意思、会社の意思を尊重して行動しているB部長
B部長は、「メンバーの意思を確認すると同時に、自分の考えを伝える場を設定するために、メンバーひとりひとりとの面談を月1回設定すること」を自分に課した。
そこで出てきた葛藤は下記3つ
②自分の意思を明確に出すが、時に他部門やメンバーと衝突も起こるC部長
C部長は、「相手の話を遮らずに最後まで聴くこと」を自分に課した。
ただし、C部長の根本的な葛藤は、行動変容以前の問題で、アセスメント結果を受け止めるところからであった。彼の心に蠢いていた感情は
C部長の中で、様々な感情が絡み合い、その感情が分かりやすく表に出てくるため、彼の存在はプロジェクトの強烈な刺激剤となった。時に社内を、時にこのプロジェクト自体を、時に我々コンサルを、批判することで、彼は感情を露わにし、その度にプロジェクトメンバーの誰かが何等かの反応をし、プロジェクトに様々な変化を及ぼした。そしてその過程で彼は自己理解を深めていった。そして本当の意味で、彼の自己理解を促したのは、意外にも彼の家族であった。(詳細は第4回に譲る)
次回は、【変革テーマの成果】変革に向けた手ごたえを感じる、と題し上記に記載した3つのプロジェクトがどういう道を辿ったか、そして個人(B部長、C部長)の変容を、お伝えする。
以上
執筆:石井 由香梨(バランスト・グロース・コンサルティング コンサルタント)
リクルートスタッフィングにて5年間営業に従事する。(5年間連続目標達成、および全社、事業部MVP複数回受賞)その後、公募制度を活用し、リクルートキャリアに出向、転籍。経営企画部門マーケティング企画部にてシナリオプランニングプロジェクト事務局、市場調査チームおよび顧客満足度調査チームのリーダーを経験後、新規事業立ち上げに参画する。
2010年より7年間、株式会社グロービス法人部門、シニアコンサルタントとして主に大手製造業に向けた人材育成のコンサルティングを担当。企業内研修にてクリティカル・シンキングおよびビジネス・ファシリテーションの講師を担当。2018年バランスト・グロースに参画後は組織開発コンサルタントとしてエグゼクティブコーチング、オフサイトミーティングの設計・ファシリテーション等を手がける。
・米国CTI認定 プロフェッショナル・コークティブ・コーチ資格(CPCC)取得
・ORSC システムコーチング 応用コース修了
・青山学院大学国際政治経済学部国際経済学科卒業
・グロービス経営大学院 経営学修士(成績優秀者表彰)