バランスト・グロースでは十数年前よりプロセスワークの世界的第1人者であるスクートボーダー博士の薫陶を受けながら、個人と集団の変容心理学である「プロセスワーク」をビジネス領域に適用することに力を入れてきました。
最近では組織開発スクールやプロセスワーク・コーチング(豪州のコーチング機関と提携)といった、社内外の組織開発プロフェッショナルの育成コースも定期的に開講しています。
今回もビジネスにおけるプロセスワークの活用についてともに学んできた仲間達と、上記テーマについて2ヶ月ぶり2回目の座談会を行いました。そのサマリーをレポートします。(先回の座談会の模様はこちら)
登場者をシンプルにするために、誌面上では進行役の松田(私)以外は4名の匿名キャラ(それぞれ複数名の参加者を統合)として設定しています。
日系人事Aさん(典型的日系大企業の人事子会社役員)
組織コンサルタントBさん
外資系人事Cさん(GE出身バリバリ外資系人事部長)
ベンチャー企業人事Dさん(急成長しているベンチャー企業の人事部長)
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松田 今回のテーマは、前回に引き続き「リモートワークで職場の働き方はどう変わっていくのか」です。
同じテーマでも状況は変化していますし、皆さんの考察も変化していると思いますので、改めて未来の働き方(ニューノーマル)に対するヒト系支援の“今とこれから”を具体的に議論できればと思います。
最初にプロセスワークの基本フレームワーク(下図)を踏まえつつ対話をスタートしましょう。
※プロセスワークの基本フレームワーク:組織の今の姿を「1次プロセス」、これから現れようとしている姿を「二次プロセス」、変化を阻む心理的な壁を「エッジ」と言います。組織を構成する社員1人1人にもこの構造があり、それらが小さな三角の山で描かれています。
日系人事Aさん:今回のコロナウィルス感染拡大によって、会社の業績は大打撃を受けています。今後の見通しも明るい状況ではないです。今が決算資料と賞与に向き合うタイミングなので、経営メンバーの1人として、結果の出にくい状況の中、組織内にどうやって前向きなエネルギーを作っていくのかが悩ましいですね。
外資系人事Cさん:社員は「早く通勤する日常に戻りたい派」vs「再び通勤する自信がない派」に分かれている模様です。話は変わりますが、このコロナ自粛期間に自殺者が減少傾向にあったのは嬉しいニュースですね。
減った理由は、人と関わるストレスが減っているから。いじめにもパワハラにも遭いにくいのが理由だと感じます。以前の働き方は、そのぐらいストレスを強要していたのかと思うと、今回をきっかけに働く職場と個人の関係性に変化が起きると良いですよね。
組織コンサルタントBさん:在宅勤務でできた時間的余裕、職場との物理的距離感の影響か、私がコーチングしているクライアントが取り上げるテーマが変化してきています。昔は職場の人間関係・コミュニケーションの悩みが多かったが、この1、2ヶ月は自分の人生の意義など個人の内面についてのコーチングが多いですね。
先日読んだ、宇野 常寛さん著の『遅いインターネット』で知ったんですが、生き方や価値観の多様化する時代を「大きな物語が失われた時代」と形容されることがあるそうです。大きな物語とは「全ての人間をその理念の下に組み込もうとする」こと。例えば“とにかく勉強して良い大学、良い企業に入れば豊かになる”“企業は成長し続けなければならない”などの社会通念のことですね。そうした「大きな物語」と対の概念として挙げられるのが、多様な人々が語る「小さな物語」。
仏哲学者のジャン・フランソワ・リオタールは、普遍性が重視されず、小さな物語が「複数存在している」ことを良しとしました。「大きな物語」から排除されていた人たちも、各々の価値観や視点にもとづいて社会を多様な切り口から物語っていくことで、行き詰まった資本主義(一次プロセス)から次のニューノーマル(2次プロセス)が出現していくのだと。私もその考えに共感しています。
個人の内なる探求の旅をしていくと、もともと向き合うべき自分の未解決のリーダーシップ課題(心理学用語で「Unfinished Business」)に向き合わざるを得なくなっていくので、「コーチング」がこれまで以上に注目されていくのではと期待しています。
松田 ここで一度、いつも使っているコングルーエンス・モデルに安宅和人さん著の「シン・ニホン」にあるマクロ情報をいくつか配置して、「我々はニューノーマルにどのように向かっているのか、どんな変化が起きつつあるか」について対話を続けてみたいと思います。
いま新型コロナウイルスとリモートワークばかりに注目が集まっていますが、環境変化は他にもありますね。
組織コンサルタントBさん:今回の新型コロナウイルスの影響でハーツレンタカーやレナウンなど既に破綻してしまった会社もありますが、残っている所でも組織の概念がこれまでと変わってくると思っています。
組織の中の個人も、会社の関係性だけではなく、社会の様々なものとつながっていって垣根がなくなる中で、「会社組織って一体何?」という問いが生まれるだろうな、と。個人が改めて誰となぜつながるのか?そういう関係性における「凝縮性と解放性のバランス」が問い直されているのではないでしょうか。
ベンチャー企業人事Dさん:これまで日系大企業3社で人事を経て、2年前に今のベンチャー企業に転職しましたが、「凝縮性と解放性」は今の会社が一番両立できています。
まず社長がニュータイプの経営者。社員もビジョン・ミッション・バリューに共感した人しか入ってこない。OD(組織開発、Organization Development)も担当が誰と決まっているのではなく、社員全員がOD担当。私が入るまでは、37歳の社長が20代から人事責任者として採用、広報、ODをまとめてやってきていました。
私がベンチャー業界に身を投じてみて、ベンチャー業界を見渡してみると、伸びているベンチャー企業の経営者は「ODなしで組織は成長しない」という新しい感覚を持っている人だらけ。無理やり掲げた成長戦略に向かって脇目も振らず走る、というより「経済の生態系にあわせて柔軟にやっていこうよ」という感覚で、組織内のみならず社会とも柔軟にダンスするような軽やかな感じが、ニュータイプというかニューノーマルの経営者の特徴と思います。
コンサルBさん:私のクライアントに30人規模のITベンチャー企業がいるのですが、組織文化が軍隊系階層型組織そのもので。50代の創業社長は自分が軍隊系組織で育ってきたので、自分にとっては当たり前の組織文化なんですが、今時の社員には当然受け入れられず、どんどん人が辞めていっていました。
そこで、私がGoogleの社内調査で明らかになった「効果的チームの5つの特徴」を経営陣に提示したところ、社長は相当衝撃を受け、自らの行動を変えることを決意しODをやるようになりました。そうしないと、ニュータイプの社長に到底太刀打ちできないという危機感がエッジを越えさせたんです。今後このクライアントでも脱ヒエラルキーが進んでいくと思います。
※Google調査における「効果的チームの5つの特徴(重要な順)」
外資系人事Cさん:「組織開発の探求」(中村和彦・中原淳著)というODについて体系的に書かれた良著がありますが、その最後に組織開発の年表が載っていますよね。それによると、米国で1940年前後に誕生して発展してきたODが、高度成長期に日本に持ち込まれたと。
その当時の日本のODは無理やり企業への忠誠心を植え付ける評判の悪い洗脳プログラムが横行していたそうです。しかも心理学をちゃんと学んだプロではなく、素人がファシリテーションをやって自殺者まで出してしまったという。それでしばらく日本ではODは禁止ワードになったという黒歴史があるんですよね。
それから時が経ち、製造業であってもサービス業的な比重が増えていく中で、2010年ごろには再び日本でもODが注目され始めた(OD先進国の米国でも2000年ごろからがOD復活期とされている)。
今回はちゃんと心理学的裏付けをもった社内外のOD実践家であるファシリテーターやコーチ、そして若いニュータイプのベンチャー経営者などが登場し、そのOD年表に新しい章が書き加わっている最中だと感じています。
また、人材開発なのか組織開発なのかという区別、事業軸と人・組織軸という区別も意味がなく、両立が当たり前になってきていますよね。それがニューノーマルの1つの要素だと思います。
私が以前所属していたGEではCEO-CFO-CHRO(人事最高責任者)のトライアングルはいつも頭を突き合わせて議論する。その構造は事業部や子会社でも同じで、事業部長(現場の CEO)-事業部経理-HRBP(事業部にいる人事パートナー)が三位一体となって組織変革を行うんです。
日本の大会社でも働いた経験がありますが、日本企業は「人を大切にする伝統」と言いつつも、CEO以外の経営陣の中ではCFOは重視されるがCHROの地位は非常に低いですよね。
GEが大成功していた時、CEOのジャック・ウェルチが“自分の時間の70%を人材育成に使っている“と言うほど人事を重視していたし、 CEOだけでなく事業部長も人事部員をビジネスパートナーとして重要視し、育てようとしていた。
「自分が見えていないこと、耳の痛いことを言うのがHRBPの役割だ。遠慮せずどんどんフィードバックをくれ」がGEのリーダーの口癖(組織文化)として定着していました。これからは日本企業もそういう方向になっていくのではないでしょうか。
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後半に続く