2021年1月30日にオンラインにて「新春セミナー【経営者が望む人事の未来】」を開催しました。セミナーでは国内大手財閥系メーカーの専務及び事業部門トップとして複数の事業を経営してきた山脇昇氏に、戦略実行・組織変革実行のパートナーとしての人事部について弊社代表の松田がお聞きしました。本コラムではその概要を前後編に分けてお送りします。(前編はこちら)
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松田:「全社人事として」AIなどHRテクノロジーも発達する中、未来の人事部員が気をつけなければならないことは何でしょうか?
山脇氏:「1.会社の軸としての役割」と「2.機能としての役割」の観点からお話ししていきます。
会社経営には、「資本の効率化軸」と「人間主義思想軸」という2つの軸からなる「思想、考え方」があります。土台は人類の歴史です。この歴史の上に会社の軸思考は成立、成長しています。
一つ目の軸は産業革命以来の「効率主義軸」です。言い方を変えれば「生産性向上志向」です。コスト低減、量の拡大、質の向上など物的生産性、人的生産性、時間的生産性などに代表されるように「資本の効率」に資する考え方が優先されます。このこと自体は非難されるべきことではありません。
しかし、会社が人を採用し、組織化し、様々な個々人の能力を活用したうえでの「効率主義」を追求するならば、「人間主義軸」を構築しなければなりません。産業革命以降の時代において、賃金労働者として働く人間の歴史が追及している「人間の尊厳・人権」を守る考え方です。
歴史的に見ても「効率主義志向」のスピードは速く、革命的です。この結果人々の生活レベルは向上し、清潔で安全な環境を作り上げています。高度経済成長を経験した1960年代から70年代において日本の経済力は大きく前進したことは言うまでもありませんが、80年代末のバブル崩壊を経た日本経済は、ゆるやかな成長下降線をたどりながら、現在未曽有のコロナ不況に陥っています。しかし「効率主義」自体は成長し、第1次産業・第2次産業の日本全体での占有率は下がったものの、ロボット化・情報化・データ化により効率的生産は実行されています。第3次産業の成長も著しくGDPの半分以上を占める様になりました。
しかし、一方で「人間主義軸思想」は成長したでしょうか?
一見進歩したように見えますが、それはHRテックなどの情報化による利便性の向上に過ぎません。人事部が本来果たすべき役割は、「効率主義軸思想」によって革命的に進化する生産性向上の流れの中に生きるすべての従業員の人権・尊厳を「制度的」に保護する役割をもち、新しい仕組みや活動から生まれる「疎外的要因」を「制度」として取り除く役目を持ち、従業員自らが人生を作り上げる自信と勇気をもたせることです。
ただ、この人間主義軸を構築し続けることは極めて困難です。
効率主義の力は強大でしかもスピードが速い。だからいつも「人間主義軸」は後追いにならざるを得ません。従来の制度ではカバーできなくなっていきます。制度改善を放擲(ほうてき)すると制度自体を喪失することになってしまいます。すると「安易な制度」が蔓延していきます。そうなってくると企業衰退パターン(図2)のように、右上の“理想”から始まった会社が衰退してしまいます。
そうならないための人事部長の役割は、常に企業風土を右上へ戻す努力を続けることです。企業が、人間が歴史的に追い求めてきた「人権・尊厳」という軸・価値を失わないために、人事部は最後の砦としての役割を全うして欲しいと思います。
機能としての人事の仕事の役割は、採用・教育・配置・評価の職務段階を通しての個々人の能力を最大限生かすことによって会社組織に貢献することです。
ところが実際には、最終目的を忘れて個々の分野(採用から評価)の中のテクニカルな業務をする、あるいはその生産性向上を図ることを役割としてしまいがちなのではないでしょうか。それでは単なる調整の仕事をしているに過ぎません。調整役の能力が人事部の能力だと錯覚しているのは長年の悪しき習慣の産物だと思います。
「個々人の能力を活かし、会社組織に貢献する」ことの意味を考えてみると、会社組織は時代とともに変化せざるを得ません。それぞれの時代趨勢に適正な戦略を構想し、実行できる人を育てる、あるいは応援すること(図3の右側)が人事部の機能面での役割と考えます。
この役割を果たすためには、人事部員は事業戦略の意味を理解すること、そしてその戦略を実行するためには「今の会社に何が必要で何が不足しているのか」を自ら考える必要があります。人事部員がそれぞれの事業をよく知り、当該会社の内部情報だけではなく外部環境、及び外部情報を常に把握し、事業の行く先を見据えることが重要です。
とかく人事部は「人の情報」を扱うために閉鎖的になりやすく、何か専門的なことを行うような雰囲気を醸し出して特権的な立場と誤解する風潮もありますが、これは全くナンセンスです。
「人の情報」を扱うに際しても、今の人事制度によって評価された図の「構造化する人間」の部分をその人の全てと安易に決めつけず、「本当にそうなのか?」と疑い、その人のパフォーマンスだけでなく「層となる関係性(事業部の状況や社員相互や部門相互の関係性)」や、その人本来の人間性の核、生育環境にまで目をやっていただきたいです。
そうした図の左側の側面が影響していることまで見据え、その人全体を考えて適材適所の判断をするのです。事業部の状況や社員相互や部門相互の関係性にも目を光らせる。事業部の数字が悪い所は、褒められないから人のエネルギーがどんどん小さくなっていきます。
また、近年は非正規社員など人事部としてケアすべき人の多様性も増えてきていますが、とても大事なことだと思います。「人事部が関与する役割」が深い会社ほど、人間的思想が高いエリアに行けると思います。これからの人事部員に求められるのは
1.社員の個性・エネルギーを科学的に分析すること
2.人間関係論や社会心理学理論から集団の力を分析できる能力を持つこと
3.戦略から導かれる組織の構成を立案できること
4.集団の不協和音を解決する能力。方法を持つこと
5.個々人が健康であることを確認すること
6.評価制度の限界を理解し、さらなる改善を行う能力をもつこと
7.経営TOPに直言できる能力を持つこと
このような、社員をケアするプロとしての能力を高めることではないでしょうか。
松田:ありがとうございます。ではセミナーご参加者からの質問を受け付けましょう。
質問1:外資系は、社員を2:6:2に分類したときに上の2割は手厚く育成します。真ん中の6割はそれなりに。下の2割はダメだったら外に出ていただきます。日本企業は、外資のようにドラスティックにはできないと思いますが、人事部にもリソースの限界はあります。どう育成のメリハリをつけていらしたのでしょうか?
山脇氏:上位2割は、手をかけなくても育ちます。問題は真ん中の6割です。その6割の中をさらに2:6:2に分けたときの上位2割をどう上に引き上げていくかを意識してやっていました。下位の2割については、2つの場合があると思います。
能力の問題と、意地を張っている部分(俺は違うことやりたいのに!)。亀がウサギに代わることがないですが、本当はウサギなのに亀のようにして意地を張って振る舞っている人もいるので、そこはちゃんと見てやることは必要です。亀のふりしているウサギを見つけて引っ張り上げるのは、経営者や人事の腕の見せ所ではないでしょうか。また上位2割も本当に上なのか?追い風に乗っただけかもしれません。人事部が社員の構成を2:6:2にする必要はなく、6:2:2にしてあげることが重要と思います。
質問2:社長が人間的側面に価値を置いていない場合はどうしたら良いのでしょうか?
山脇氏:経営者は、基本は資本効率優先です。なので、最初から資本効率を無視して人間尊重の話をすると無視されます。人事からは「資本効率は大事なので、そこはやりましょう。でも加えてこういうことやりましょう」と説得するしかない。テクニックがいります。
質問3:社員のエネルギーや感情が負になっているときの関わり方、問いかけ方のポイントについて教えてください。
山脇氏:上司であれば仕事や、場所を変えることを考えます。挑戦できる場所を提供する。人事部が気をつけなければいけないのは最初の3年間です。人事部がその人のエネルギーの大小を見ておく。変化していないか、小さくなっていないかを見てほしい。定年70歳になろうという時代なので、10年ごとに「あなたこの会社で仕事できるの?本当にやりたいことは何?」と聞いてあげないと、選ばれた人以外は70歳までただいればいいになってしまいます。節目節目にキャリアについて話をしていくことがとても大事だと思います。
松田:最後に、人事の方に一言お願いします。
山脇氏:人事は経営側の効率主義に染まらないこと。効率主義自体は否定しません。その効率を人の幸福に結びつける施策が人事部の役割です。事業によって組織のあり方は異なるので、事業戦略に応じた組織開発が必要であり、それを人事部も一緒になって考える、相談する柔軟性が必要です。顧客含めて互いの関係性レベルによって強弱はあると思いますが、それが個々人の会社組織における能力です。この力を組織として育成する「覚悟」が人事部の役割だと思います。
私が約2年にわたって山脇氏とご一緒させていただいた「ケア」プロジェクトは、図4の右上の「タスク(戦略上の重要課題)ーチーム(関係性)―個人(その人の本来の姿と現在のリーダーシップ)」のトライアングルを同時に扱うものでした。
チームの範囲も、「製造-販売-研究」という部門間の対話プロジェクトから1つの部・課単位のチームコーチングまで多岐に渡りました。プロジェクトを実施しているときに、山脇氏にはプロジェクト活動を絶妙にサポートいただいたのはもちろん、プロジェクトの設計にも沢山のアイデア・リクエストを出し、また公式経営サイクル内に取り入れてうまく活用されていたため、本当に組織の未来を共創している感覚を持てましたし、プロジェクトに参加したメンバーの成長を目の当たりにできたのも変え難い経験でした。今思えば、今回のセミナーでお話いただいたことが背景の思想にあったのだと、スッキリつながるとともに、さらに今後につなげていきたいと思います。
<おわり>
山脇 昇氏
神戸大学卒業後住友ベークライト株式会社に入社。勤労部勤労課、総務課(組織の立て直し)、宇都宮工場勤労部長(「全社に目標管理を導入設計」)、回路基板営業部長等を経て、取締役常務執行役員高機能プラスチック統括、取締役専務執行役員(高機能統括の後医療機器事業・フィルムシート事業統括)など複数の事業部の経営トップとして、売り手中心主義から顧客中心主義に組織体質を転換すべく様々な取り組みを実施。現在は同社アドバイザー。
松田栄一
東京大学経済学部卒。日本電信電話(NTT)に入社。情報通信総合研究所に出向し、日米電気通信事業者の資本政策や管理会計に関する調査研究・コンサルティングに携わる。その後、MBA教育を手がけるグロービスにて企業内研修部門マーケティング統括リーダーを務める。現在はバランスト・グロース代表パートナーとして日本・アジアの企業及び政府に対して事業開発、組織開発を中心とするコンサルティングを行う他、ロジカルシンキング、経営戦略、リーダーシップをテーマにした企業研修等の講師も務める。