2020年3月13日に来日予定だったスクートボーダー博士ですが、昨今のコロナの影響により開催延期になると同時にオンラインによるショート・セミナーを実施させていただきました。
以下、博士が本セミナーで語った、“個人と組織の変容の心理学”と言われるプロセスワークの基本についてレポートいたします。(文責 松田)
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プロセスワークは、私たちが変革の状況にあるときに非常に役立ちます。
ほとんどの組織開発理論は“組織はこのようにあるべきだ“”リーダーとはこうあるべきだ“いうモデル(型)を持っていいます。多くの場合そういうモデルが有効な部分もある一方で、”次に何が起ころうとしているか“”どこに行こうとしているか“について新鮮な目で考える上では制約にもなってしまいます。
プロセスワークが他の組織開発理論と大きく異なるのは、個人や組織が変化に直面している時に、“何が起ころうとしているか?”“今何が現れようとしているか?”について考えるための気づきや洞察を与えることができる点です。
プロセスワーク理論を説明するために、1つの有名な北欧童話の「三びきのやぎのがらがらどん」を取り上げてみます。
昔々3匹のヤギがいた。川の片側にいて幸せだった。
しかし、食べ物がなくなるという根本的な問題症状が生じた。お腹が空いてきて。ディスターバー(悩ましい問題症状)によって幸せな生活が妨害された。
橋の向こう側には、食べ物が豊富にあるのが見えた。
ただ、向こうに行くには橋を渡らないといけない。
橋の下には怖いお化けがいる。しかもお化けの大好物はヤギだった。。
この状況をプロセスワークの概念で図にするとこうなります。
こちら側は、よく分かっている慣れ親しんだ領域。心地よく、幸せなので変化する必要はありません。
しかし、ある事がきっかけとなって変化する必要性が生じます。
1つは「ディスターバー(問題症状)」。この物語では「食べ物がない」ことがそれです。「ディスターバー(問題症状)」というのは、変化において重要なきっかけです。もし、皆さんが変化を起こしたければ、また起きつつある「変化について理解したければ、「ディスターバー」がどこで起こっているかを観察することで、変化の方向性についてヒントが得られます。
2つ目は、「アトラクター(引きつけるもの)」。ヤギの物語で言えば“橋の向こうに食べ物がある”状態。慣れ親しんだ領域ではない、「周縁化された」所でにあって、これから起ころうとしている、出現しようとしている希望状況の一部。
そして、「馴染みのある領域」と「周縁化されている未知の領域」の間にある川がプロセスワークで「エッジ(変化を阻む心理的な壁)」と呼ばれるものです。
私たちが変化に直面している時にはいつでも「エッジ」が生じます。
エッジが生まれる理由はトロル(エッジ・フィギュア)の存在にあります。このトロルは、私達の価値観、信念、態度、構造で構成されています。
時には私たちの思考と行動を制限(Limits)してしまいますが、ある時には維持(Maintains)してくれる大切な側面もあります。
例えば、皆さんが“仕事を変えたい”と思っている状況を想像してみて下さい。
川を渡ろうとするとトロルがやってきて、
“お金はどうするの?”“うまく行かないかもよ”“今のままでも良いじゃないか”
と、いつものやり方に留まらせようとする。これがトロルの「維持する機能」です。この観点から考えて見るのは重要な部分もあります。
ただ、ある時には必要以上に自分を制限してしまうこともあります。
例えば、変化に踏み切った後になってみれば、“変化に踏み切るまでなぜこんなにも時間をかけてしまったのだろう?もっと早く実行すればよかった”と思うことがあるかもしれませんが、これはトロルがいつもの領域に必要以上に長く留めさせていたからなのです。
プロセスワークでは個人でも組織でも、この変化のエッジに自覚的になること(アウェアネス)が重要と考えています。
例えば、さきほどのヤギの物語でいえば、大きさの異なる3匹のヤギのうち、
最初に小さいヤギが橋のところまで行くと、
トロル “よく来たな。お前を食べてやるぞ!”
小さいヤギ “僕を食べないで、後から来るもっと食べがいのあるお兄ちゃんを食べて!”
トロル (お兄さんが来るのを見たので許して渡らせた)
ここでは、小さいヤギはトロルと上手に交渉したことになります。
転職の例で言えば、トロルがお金の問題がを持ち出してきたら、お金に関する懸念を解消する具体的なプランを示して、交渉し、では転職してもいいねとなることが川を渡ることと同じです。
次に中くらいのヤギがやってきて、最後に、大きいヤギが出てきたら、
トロル “美味しそうだ食べてやる!”
大きいヤギ “お前は俺を食べることはできないぞ!倒してやる!”
と体当りしてトロルを追いやって渡る。
私にとってこの物語からの重要な学びは、もし変化の状況でトロルと出会った時、そのトロル(エッジ)の声と十分に対話すること、そしてトロルと対峙するために自分が持っている本当の力をよく理解・自覚することができたならば、川を渡れることができるということです。
例えば、皆さんが初めて公のプレゼンテーションを行う時、すごく怖いと緊張するはずです。2回目も少し怖いかも知れません。でも3回目になるとずっと楽になるはずです。つまりトロルのパワーは落ちてくる。このように、トロルの存在を自覚しながら意図的な挑戦を行うことで、未知だった領域に徐々に馴染んでいく。そうすることでトロルの影響力が下がっていきます。
次に下図の青字の部分に注目して下さい。
これまでお話ししてきたプロセスワークの基本モデルは個人、チーム、組織全体の変革に応用ができます。
組織変化の時にもこのダイナミクスがあり、3つの挑戦があります。(青字の部分)
1つ目の挑戦はビジョンに関するもの。組織の新しいビジョンを従業員1人1人に落とし込んで共有されると、“自分達の新ビジョンがどういうのであるのか”が分かってきます。でも組織変革において、それが上手く行かないことが多々あります。
実際、この部分で失敗している(1.ビジョンを明確にできていない。2.明確だが共有できていない。3.そのビジョンに沿った人を育てられていない)リーダー達をこれまでに沢山見てきました。
2つ目の挑戦は「ファミリアリティ(元の慣れ親しんだやり方)」に関するもの。従業員が変革に向けて“この変革は大切だし上手くいきそうだ”と思ったとしても、結局、馴染みのあるかつての場所に戻ってしまう事がよくあります。
最近の流行語で言えば“デジタルトランスフォーメーション(DX)のようなテクノロジーを使おう、対応しよう”という変革においても、人々が「元の慣れ親しんだやり方」に戻ろうとする現象が起こります。
3つ目の挑戦は「抵抗」に関するもの。この「抵抗」は、これまでの自分達が馴染みのある領域で享受していた様々な恩恵を失うことに関して発生します。
例えば、多くの組織で起こる代表的な葛藤・対立のテーマの1つに、組織や個人が「ワン・カンパニー」「ワン・チーム」として統合・機能横断的に行動したほうが良いのか、それとも各部門や個人が独立したシステムとして部分(機能)最適で行動した方が良いのか、というものがあります。
経営者としては、その時の環境・状況に応じてどちらかを優先するかを判断=意図的に「変革」する選択をすることになりますが、どのような「変革」であっても多くの人は変化することを好みません。
なぜなら、どのような変化であっても、これまでのパワーや便益の一部を失うからです。次の図をご覧ください。
これまでお話してきた「慣れ親しんだ領域」と「これから出現する馴染みのない領域」という話をフィールド(チーム)レベルにおける「主流派」「非主流派」モデルに当てはめてみましょう。
チームにおいて、「慣れ親しんだ」部分は「主流派のグループ(役割)」といえます。チーム内に主流派(の物の見方)が存在するということは、必然的に「周縁化された」非主流派(の物の見方)のグループ(ロール)」も存在します。
この非主流派が組織システムの中で受け入れにくいアイデアを持っていたとすると、彼らは発言できずにやがて潜在化してしまい「ゴースト(ロール)」という存在になってしまいます。
そしてこのゴーストが、やがて組織システムの問題症状(Symptoms)として悩みの種になってきます。例えば、組織のパフォーマンスが落ちる、モチベーションが落ちる、緊張感が高まるなど、離職率が上がる、公式の会議以外での(良くない)噂話が増えて雰囲気が悪くなるなど。
もし組織内にゴーストが存在していそうだったら、先ずはその存在に気付いて、その声を聞くことができるようになると、チームはより効果的になっていくことができます。
つまり、潜在化しゴーストとなっていた声が「非主流派(ロール)として立ち現れてくることで主流派との対話が可能になり、そしてこの対話によってチームが新たな洞察、知恵を得て、チームを強くするのです。
以上が、プロセスワーク理論の要約です。2020年10月末に延期開催する予定のセミナーでは、プロセスワーク理論のより詳細な解説と、皆さんの組織の実事例にプロセスワーク理論を当てはめながら実践的な学びの場を作っていきたいと思っています。
セミナーは「組織分析パート(1日)」と分析結果に基づいて「チーム・組織に働きかけていくファシリテーション・パート(2日間)」で構成されています。セミナーで日本の皆さんとお会いできるのをとても楽しみにしています。