VUCA(激動・不確実・複雑性・不透明)な時代の真っただ中の今、過去の名門企業の倒産をよく耳にします。ヒト、モノ、カネを豊富に保有していた名門企業が、なぜ倒産に至ったのか。端的に表現すると「危機感の欠如」が原因と言えます。変革し、生き残るためになぜ危機感が重要なのかを我々に教えてくれる逸話(実話)があります。それがバーニングプラットフォームです。
1988年7月6日。北海油田のパイパー・アルファと名付けられたプラットフォームに滞在し、眠っていたアンディは巨大な爆発音で目を覚ましました。迫りくる炎に追われてなんとかプラットフォームの端にたどり着いた彼でしたが、そこから飛び降りるのはあまりにも危険でした。3つの理由があります。
1 プラットフォームの海面からの高さは約50メートル。20階建てのビルの屋上に相当する高さ。高所からくる恐怖はもちろんのことです。そして、たとえ水面と言えども、この高さからでは水面への進入角度によっては即死という結末さえあり得ます
2 海面にはプラットフォームの残骸や燃える原油が広がっており、これらの上に飛び降りてしまった場合には死が待っています
3 海水の温度は、ほぼ0度C。15分以内に救助されなければ、凍死します
これらのあまりにも大きいリスクにもかかわらず、アンディは海面に飛び降り、凍死する前に幸いにも救助されました。
なぜ、こんな危険なダイブを敢行したのかという質問へのアンディの回答は以下です。
「Better Probable Death Than Certain Death」
「『たぶん死ぬ』のほうが『確実に死ぬ』よりもましだから」
バーニングプラットフォームに関するビジネスの例をあげましょう。過去の超優良企業コダックが2012年に倒産した際にビジネス界に衝撃が走りました。実はコダックは1975年に世界で初めてのデジタルカメラを開発しています。その後もモトローラを奇跡の回復に導いた「デジタルマン」の異名を持つジョージ・フィッシャーをCEOに招聘し、フィルムからデジタルへの変革を図りました。しかし、その変革への抵抗は強烈かつ根深いものでした。ジョージ・フィッシャー自身が以下のような抵抗に出会ったと語っています。
・「前にもデジタル進出を図ったけれど、無残にも失敗しています。」「だからデジタルはイヤです!」
・「デジタルはフィルムと比較して極端に粗利が低いです。」「だからデジタルはイヤです!」
・「デジタルにはソニー、ニコンなどの強敵が沢山います。」「だからデジタルはイヤです!」
・「私はこの道30年の化学者です。デジタルのことなど何もわかりません。」「だからデジタルはイヤです!」
上記はいずれも理にかなったジョージ・フィッシャーへの反論です。と同時に、これらはバーニングプラットフォーム理論での「デジタルに行けば、たぶん死ぬ」を示しています。
では、「確実に死ぬ」は何でしょうか。もちろん、フィルムビジネスに留まりつづけることです。
「たぶん死ぬ=変革」のほうが「確実に死ぬ=フィルムに留まる」よりもましだ。コダックの社員はそう思えなかった。残念ながらリーダーが危機感を浸透させることに失敗したからだといえます。
ほぼ同じ状況にいた冨士フィルムが変革に成功したのは周知の事実です。小森社長が危機感を醸成することに長けた変革リーダーだったからです。
バーニングプラットフォームの話から、日本でよく言われる「ゆで蛙」現象を思い出した方も多いでしょう。
弱く長い炎=ゆで蛙=確実に死ぬ →それに気づかずに茹で上がって死ぬ
強く短い炎=バーニングプラットフォーム=確実に死ぬ →それよりに気づいて飛び出す
クライアント(個人もしくは集団)が「このままではダメだ」と感じるディスターバーは、弱く長いものである場合が多いです。コーチがそれを不健全な状況だと感じた場合は、それを強く短い炎に変換するように働きかけます。たとえば以下のような質問が有効でしょう。
「それが毎日起きたとしたらどうしますか?」
「その3倍の苦しさを想像してみてください」
言い換えると、コーチはゆで蛙をバーニングプラットフォームに変換する手助けをするわけです。
バーニングプラットフォームの炎は主人公であるアンディを焼き殺そうという恐ろしいものでした。が炎のもつエネルギー自体は中立的なものであり、活用することができました。つまりアンディは燃えるような勇気を得て、海面に向けてジャンプしたのです。
さて、これを別のケースで見てみましょう。Aさんからパワハラに逢っているBさん、そして彼らの同僚のCさんの例(実話をもとに脚色)で炎のエネルギーを解説します。
BさんはAさんの5年下の後輩。強烈なキャラクターを持つAさんは、日ごろから後輩指導という名目でBさんにパワハラ的アプローチを繰り返していました。BさんはAさんの持つ炎のようなエネルギーに焼き焦がされています。それが日常になりつつあるので、茹で蛙的な状況ですが、いつまでも持たないかもしれません。その様子を見ていた2年後輩のCさんの心の中では小さな炎がくすぶり始めます。「Aさん、それはやりすぎですよ。」と言いたいものの入社年次による上下関係が絶対のこの会社では言い出せません。
ある日、AさんはCさんにも炎のようなエネルギーでハラスメントまがいの言動に出ました。堪忍袋の緒が切れたCさんに強烈な炎が燃え移ります。しかし、Cさんは炎に燃やされるのではなく、内なる炎を燃やして奮いたちいいました。「Aさん。あなたは間違っている!」と。今度はその燃えるようなエネルギーに圧倒されたAさんが炎を失い、シュルシュルと小さくなってしまいます。
プロセスワークの言葉でいうと、ディスターバーが炎のように強いエネルギーを持っている場合、同じような炎を自らの力としてエッジを超え、2次プロセスへと歩むことも可能なのです。単純化すると以下のようなコーチとクライアントの会話になります。
コーチ 「抱えておられる課題。それはどんな感じですか?」
クライアント 「押し寄せてきて圧倒される感じです。」
コーチ 「では、その押し寄せてくる側になってみましょう。圧倒するエネルギーは今あなたにあります。どんな感じですか?」
クライアント 「武者震いする感じです。」
コーチ 「いいですね。その感覚を感じたまま、この場所に移動してください。ここはあなたが切り開こうとしているフロンティアです。武者震いの感じはどうですか?」
クライアント 「かえって強くなりました。力強さを感じるというか、やってやるぞ!と自分の体が言っています。」
英語に「hindsight is 20/20」という表現があります。20/20とは視力が非常に良い状態。つまり後から振り返れば、物事がクリアに見えるという意味です。過去のコダックを今振り返れば、写真フィルムはいずれ99%がデジタルの置き換わることは火を見るよりも明らかだっただろうと感じます。ところが当事者にはそうではないのです。「確実に死ぬ」が見えないし、感じられないのです。コーチの役割は、クライアントにアンディと同じ気持ちを抱かせることです。「Better Probable Death Than Certain Death」 「『たぶん死ぬ』のほうが『確実に死ぬ』よりもましだ。」
こうした状況では、炎(Burning)の扱い方を変革への力として認識し導くファシリテーターが必要になるでしょう。変容の炎は、個人も、チームや組織も次のステージへと連れて行ってくれるのです。
認定プロセスワーカー 松村憲
組織開発コンサルタント 西田徹
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