宮森 千嘉子[イティム・ジャパン株式会社|バランスト・グロース フェロー]
私はこれまでホフステードのモデルを用いて、500近い組織の診断に関わってきました。ほとんどの組織は、組織を強くするために様々な努力を重ねておられ、悩まれてもいました。診断を終えると、顧客からは一応に「これまでなんとなく感じていたこと、言葉にできなかったことが視覚化されたので、目標達成に向けてどんな手を打てばよいのかがクリアになった」というコメントをいただきます。
それはおそらく、組織という実態を正確に捉えるためには単純な類型では不十分であり、それを捉えずに効果的な手は打てないことを、改めて認識されるからではないでしょうか。そのたびに、ホフステード教授が60年をかけて「文化と経営」に取り組んできた意義がここにあると感じます。「文化」そのものに目的はなく、良し悪しもない。「文化」だけで全てが解決するわけではない。しかし、それを組織のビジョン、ミッション、目的と整合した時に、「文化」はマネジメントの有効なツールとなり、そのために文化の視覚化を追求し、学術的に正しい調査研究をベースにデータを蓄積し、ビジネスの現場で出来る限り有効に使える方法を提供してきたのがホフステード教授だからです。
ホフステードの組織文化のモデルは、組織が実際に直面する課題の解決にも有効です。たとえば安全を第一に考えなければならない、仕事に危険の伴う組織では、決められた基準を重視し(次元1:手段重視)、厳格に仕事を管理する(次元3:厳格な仕事のコントロール)ことが極めて重要であり、そのためのありとあらゆる施策が取られ、リスク発生時のマニュアルも完備されています。しかしそこに自立したメンバー間による階層や組織の壁を超えた信頼(次元4:自分の仕事・専門性への関心、次元5:オープンなシステム)がなければ、事故を防ぐため、あるいは発生した事故を適切に扱うためために必要なコミュニケーションが共有されない、ということになります。更にこうした組織では業務自体が非常にストレスフルですから、従業員志向(次元6)の文化を持つことが肝要です。
実際に階層別に診断してみると、現場に近い組織は次元1で手段を重視し、次元3で厳格にとプロセスを管理していますが、次元4では上司の判断や周りの顔色を見る傾向にあり、次元5が閉じたシステムになっています。また、日々ストレスにさらされているので次元6は仕事志向の数字が高く出ます。一方、上層部のスコアは、特に次元4、5、6で、現場に近い組織とは逆の傾向を示します。つまり上層部は自分たちは部下の専門性を重視しており、どんな情報もオープンに受け入れ、従業員のことを考えた組織をつくっていると考えています。
しかし、現場から見れば、悪い情報を上にあげても真摯に取り扱ってもらえなかった経験を重ねており、しかも日々の業務遂行に追われているため、余計な業務を増やしかねない悪い情報の共有に躊躇する、という状況が発生しています。
ここから読み取れるのは、現場では事故が起こることを予期できる情報を持っていても、それを上層部に上手く共有出来ないがゆえに、防げる事故が起きてしまうというケースが頻繁にある、ということです。危険が伴う業務では、事故が起こると新たな対策が取られますが、これは次元1と3の傾向を強めることにはなるものの、実際の問題である次元4,5,6、すなわち組織構成員の自立性、オープンなシステム、バランスの取れた仕事環境の構築には結びつかないケースがほとんどです。
それではいったいどうしたらいのだろうという問いは、各組織の状況によって異なるため、簡単な回答はありません。しかし、現状を可視化することで、効果的な組織開発の介入方法を取ることができるようになります。次回は、ホフステードの組織文化診断を使った変革について、ご紹介してまいります。