2013年03月04日 佐甲 真吾[バランスト・グロース パートナー]
※本稿は、MOBIUS EXECUTIVE LEADERSHIPのニュースレターの記事を、著者であるジェレミー・ハンター氏の許諾の下、抄訳・再構成したものです。
「現代生活のほぼあらゆる側面 -自然環境、経済、商業、金融、政治、政府、科学、教育など- において、 これまでの安定した基盤は破壊され、先行きの見えない変化が起きている」 (Kelly, 2005; Toffler & Toffler, 2006; Brown, 2011)
文明社会において私たちは、変化への適応という課題に向き合ってきた。 市場の変化、国家間の同盟関係の変化、金融システムの崩壊、不確実性を増すエネルギー確保、自然災害といった課題に私たちは対処してきた。そして今、歴史上かつてないほど、私たちが直面している変化は複雑かつ深刻になっている。
グローバリゼーションは、新しい市場や富を生み出す一方で、競争や混乱を生みだしている。タイの自然災害が、緻密に構築されたサプライチェーンに影響し、アメリカの製造業に打撃を与える。私たちの生活のスピードを加速してきた情報技術は、容赦なくそのリズムを速め続けている。
多くの識者が、私たちは今”未知の領域”にいると宣言している。私たちは、これまでの思考モデル、アプローチ、仮説が有効に機能せず、有効な解答を見いだせない領域にいるのである。その中で、組織も個々人もともに、あらゆる事象?それらは混乱し、予測がつかず、時に極端に現れる?を解決し、効果的に対応するように求められている。私たちには非常に大きなストレスがかかっている。
このような状況で、リーダーはどのようにふるまうことが求められるのだろうか?
本稿では、リーダーが「適応に関する課題」に対処する上で強力かつ効果的な手段となる「マインドフルネストレーニング」について述べる。
「変化の意味を理解する際にどのようなアプローチをとるかによって、変化に対応する際の手際の巧拙が決まる。 問題に対して肯定的に、倫理的にそして社会をより強くするアプローチで反応することが重要である」(Heifetz,1994)
Heifetzは、リーダーが直面する課題を、技術的な課題と適応に関する課題に区別している。この2つを区別することによって、課題に対応するためのツールを識別することが可能となる。
技術的な課題は複雑で難しい場合もあるが、これまで慣れ親しんだ知覚の仕方、理解の仕方で対処することができる。これらの課題には、経験に基づいた既知の解決へのアプローチがある。例えば腎臓移植のプロセスを理解している外科医は、熟達することによって、より確実に手術をやりとげることができるようになる。
これに対して、適応に関する課題は、課題自体や解決策を現在の既知の枠組みで認識し、理解することができない可能性があると言う点で、技術的な課題と異なる。適応に関する課題を解決するためには、より洗練された物の見方・考え方・行動の仕方・対応の仕方を身につけ、成長することがリーダーに求められる。
適応に関する課題にはどのようなものがあるだろうか。
19世紀ロンドンでのコレラの発生は、「大気中の瘴気」によって引き起こされると考えられていた(Summers, 1989)。しかし、John Snow博士の注意深い観察によって、コレラの症状は腸の障害に表れていること、その障害は瘴気ではなく汚染された水の供給で引き起こされていることが明らかになった。Snow博士の観察は、課題の捉え方を、最終的な治療法を導き出すということから、公衆衛生サービスを創造するという形に変容させた。
次の例は、既知の枠組みで課題はよく理解することができるが、課題を解決するためには、知覚の仕方を変化させる必要がある例である。
砂漠に囲まれた大都市のリーダーは、自分たちの街の水の供給が不安定であるという課題を認識する。歴史的に見れば、リーダーは遠くの水源から水を輸送するために集中型の大規模な土木工事にとりかかっていることが伺える。
現在、私たちが知覚の仕方を変えて認識すべきことは、これまで排出されていた何百万ガロンという水を潜在的な資源であることであり、それらの排水は、分散型コミュニティが努力すれば収集することが可能であることである。長距離にわたって水を移動させるための費用をかけずに水をリサイクルしうるのである。
このように知覚の仕方を変化させ、課題へ適応するために、私たちは、自分達が日常関わらない社会も含め、広く社会と関係を持つことを学ぶ必要がある。社会全体を、受動的な顧客としてではなく、ソリューションを生みだすためのパートナーとして捉えるのである。
課題も解決策も既知の枠組みではよく理解されない状態で表れる象徴的な例としては、気候変動に関して現在行われている議論が挙げられる。特定の主張に偏る人達が、気候変動の原因と、効果的な対応策に関する議論を紛糾させている。
適応に関する課題を解決する際に、私たちは、これまで慣れ親しんできた解決策・枠組み・課題を理解し効果的に対応する方法などに頼ることができない。
これらの課題に取り組み、対応するために、リーダーは学び、変わらなければならない。ところが、その対応を間違えることがよくある。
「リーダーがよく犯す間違いは、適応に関する課題を技術の課題と誤認し、 過去の解決策が今日の新しい問題に適用できると考えることである」 (Kegan & Lahey, 2010)
この間違いは、物事に対して無意識的に反応し、機械的に行動し、意味づけを行うという、私たちに生得的に備わっている習慣によって引き起こされる。機械的に反応するという心の傾向は、安定した状況の下では役に立つことが多いが、通常の行動パターンが状況の変化に合致しないときには、課題に適応しそこなう状況をつくりだす。
「リーダーが直面する多くの複雑な課題は、リーダーが今現在持っている、知覚する能力、 理解する能力、現在の枠組みで対応する能力では対応できないのである」 (Kegan & Lahey,2010)
リーダーは、新たな課題に対してこれまで慣れ親しんだやりかたを適用した結果、自分が立ち往生し、進歩していないことを認識し、そのことに不満を持つようになる。適応に関する課題は、リーダーがこれまで築いてきた役割分担の考え方、秩序、階層に疑問を投げかける。その結果、リーダーはストレスを感じるようになる。
「ストレス反応は、潜在的な脅威に適応するためにエネルギーを動員する 本能的な、自動生存のメカニズムである」 (Greenberg, Carr, & Summers, 2002)
「自己管理が不十分な(あるいはまったく自己管理ができてきていない)リーダーが 負の感情や認知障害を経験することは簡単に予想できる。 彼らは方向性が見いだせず、繋がりが見えず、恐れ、いらいらする状態になる」 (Boyatzis & McKee, 2005; Goleman, 1996)
リーダーに必要なのは、自分を落ち着かせ、自分をコントロールできている認識を持つことである。自分を鼓舞し、やる気を出させ、賢明な意思決定を行い、効果のある思慮に満ちた行動をとることである。言い換えれば、リーダーは、巧みに自分自身を神経生物学の視点から管理する必要がある。
「効果的に自己管理することができないことによって、 リーダーは健康を損ない、パフォーマンスを低下させ、人間関係を損なう」 (Boyatzis & McKee、2005)
適応に関する課題はさまざまな人との複雑な調整を必要とするため、質の高い人間関係を築くことが不可欠となる。
「組織において、質の高い対人関係の重要性はますます高まっている。 組織は、階層的な指示・管理モデルから、権威が減少するフラットな組織に移行している」 (Pearce & Conger,2002)
このような組織では、インフォーマルな権威が求められる。言いかえれば、以下の引用に見るような、リーダーシップの能力と、認知的、感情的な意味での高いレベルのスキルが求められる。
「メンバーに対してあまり楽しくない行動 -限られた資源をあきらめる行動・短期的な利益に結び付かない行動など- を促すためには、人と繋がり、心をこめて説明し、人々を鼓舞するスキルが必要となる」 (Lipman-Blumen,2000; Heifetz & Linsky,2002)
「適応に関する課題に対応するために、 リーダーは他者とうまく仕事をするスキルを育まなければならない」 (Drucker,2011; Hunter & Scherer, 2009)
「適応に関する課題に効果的に対応するために、 リーダーは、自分が習慣的に反応することを離れた視点から意識して見ることが求められる。 彼らは、変わりつつある現実に対して、新たな、より洗練された方法で関わることができるようになることが求められる」 (Wilson, 2004; Drucker, 2001; Kegan & Lahey,2010)
「リーダーは自分自身を開発し、変容させることを学ばなければならない。 この自己開発の結果得られるのが内面の能力の拡大である。 それは、より深く知覚し、感覚能力を高め、革新をおこし、自己を統御し、 自己の方向性を見出すことを可能にするのである」 (Csikszentmihaly, 1993)
リーダーに必要なものは、困難の度合いを増す現実を捉えるための助けとなるツールである。それが「マインドフルネス」スキルである。そのスキルは、自分自身、他者そして私たちを取り囲む世界を認識するスキルであり、今まさに自分自身が認知し、思考していることを(自分自身のもつバイアスも含めて)リアルタイムで把握するスキルであり、自分自身の感情的な反応を意識し、現実をより効果あるものにするための必要な行動を知覚するスキルである。
マインドフルネストレーニングによって、リーダーは、集中と知覚の力を実践的に拡大させることができる。トレーニングによって、適応できる課題に対する行動と自己管理に対する潜在能力の範囲を拡大させることが可能となる。
「マインドフルネス」は、人間の行動に関する理解の視野を広げるとともに、変革の方法論として、過激かつ実践的にその視野を変える可能性を持っている。
以降、マインドフルネスとは何か、リーダーにとってどのような便益があるのかを考え、マインドフルネスを導きだすための簡単な実践方法を説明していきたい。