2016年08月17日 松村 憲[<バランスト・グロース フェロー/一般社団法人 日本プロセスワークセンター 理事]
前回に引き続き、今回はホフステードモデルの組織文化診断とプロセスワークの見立てを組み合わせることで、組織文化の内と外を含めた全体を見るモデルを紹介していく。前回を総論と位置づけ、今回は英国流通大手A社の組織変革事例を使って検討してみたい。
ホフステードの組織文化モデルは6つの独立した次元と、2つの半独立した次元から成り立っている。独立とは、分化スコアを見る時に他の次元の影響を受けないことを意味しており、第7軸、8軸は半独立であるので他の次元の影響を受けることが意味されている。以下が、8つの次元になる。
組織文化を検討する場合は、特に上記の6つの軸が重要であり、診断の結果を見ながら、6軸において組織文化をどのように見るか、どのように変革を加えていくかの議論が大切になる。以下の事例では上記の軸を参考にしながら組織文化を検討していく。
英国流通大手A社は80年代から90年代初頭にかけて組織を拡大し、その途上でブランド戦略に取り組んだり、低所得層から高所得層へ顧客の拡大を狙うなど、多くの戦略に着手していた。しかし、戦略に統一性がなく、また拡大路線に財政的な赤信号が灯ったことで危機を迎えていた。そこで新たなCEOとして迎えられたNがダイナミックな組織変革に取り組む中で危機を乗り越えていった。 以下、NがA社において取り組んだ変革を振り返りつつ、変革前と変革後にどのような組織文化が存在していたかを6つの軸を元に検討してみたい。 まずD1軸の組織の効果性を考えてみよう。A社はそれまでの歴代CEOが非常に管理的であり、その下の管理者たちは怯えており、自分から行動することがなく指示を待っている状態にあると評されていた。ここで重視されていたのは、How(手段であり)、What(目的)ではなかった。Nは組織全体がそのような無気力な状態から脱することが立て直しの鍵だと考え多くの変革に取り組んだが、特に、A社がどこへ向かうのかを全従業員に明確に示すこと(What・目的)を非常に大切にした。D1軸で考えると手段よりに偏っていた組織文化を、目的よりに明確にシフトしていったことになる。 同様にD2軸を見てみるとA社の組織文化は内部倫理優先に偏っていたと考えることができる。流通大手の管理体制として、内部倫理優先への偏りが機能していれば重要だが、Nの変革前のA社は外部ステークホルダー、つまりは顧客優先のあり方を失いつつあったように見えた。つまり、A社の元々の低所得層の顧客を見失っていたのだ。Nは経営層と現場の顧客に対する目線の乖離を正し、D2軸においてより外部ステークホルダー優先の方向に修正し、原点に戻ることを強調している。
Nの行った変革は全体的に見ると、非常に統制管理された利益重視の環境から、統制されず厳しい管理もなく、売り上げ最優先の環境への移行であった、と言える。 そのための1つの試みは、職場の環境設定の変更であった。それまでは管理体制が強かったため、必然的に官僚主義的な機構に成っており、職場のレイアウトも各人や部署に「壁」があり、上司は現場から離れる構造となっていた。 Nは最終的に個室を撤廃し、壁も取り払うことにしたのだが、この試みは象徴的である。D3軸で考えると厳格な仕事の規律が強い組織文化においてはイノベーションが生まれにくいが、Nの試みはより仕事の規律を緩やかにしていく方向性に向いている。また、官僚主義はD4軸でみると上司や部署を優先させる方向に偏るが、より自分の仕事に偏るように方向付けている。D5軸は職場が開かれているかどうかの指標だが、壁の撤廃に象徴されるように、こちらもより開かれた環境へとシフトしている。そして、D6軸においては従業員志向へ文化を変えることをNは重要と考えており、そうした試みが実るように、現場からの声を吸いあげたり、指示を待つのではなく自分たちから発信したり、考えをぶつけ合うような文化を作る仕組みを実行している。
A社における変革はドラスティックで、Nの強烈なリーダーシップの元に進められたように見える。しかし、これだけ大きな組織変革であるため抵抗も生じていたことが予測される。表面や外部に現れる変化だけではなく、プロセスワークの視点から組織文化の深層の側面について考えてみたい。 Nの発案でA社において機能横断型の店舗リニューアルチームが組織された。Nの右腕的な存在であったRが組織し、このチームはこれまでの組織文化とは全く異なるあり方で創造的な店舗リニューアルをリードしていた。しかしこのリニューアルチームの成功をより多くの店舗に展開しようとした時に、変革のより戻しが生じた。 プロセスワークの視点から見ると、Nのダイナミックな組織変革は素晴らしいが、同時にこれまでの組織文化を強く規定していた官僚主義的、指導的な組織文化もまた、組織文化の深層においては簡単になくならない可能性を考える。非常に管理的だったという歴代CEOの影はまだ組織文化というフィールドに残っているかもしれない。そして、それは変革のお化け(ゴースト)として表出してくる。実際に、リニューアルチームの成功を拡大する段階においては、その象徴的な存在であるはずのRが、まるで歴代CEOのように指示的になり、従業員は指示を待つ姿勢に逆戻りして、Rはこの動き全体が顧客のためにあることすら忘れてしまった。プロセスワークで考えれば、ゴーストが、Rを通じて現れたと考えることができる。このエッジは変革のレバレッジポイントであり、適切に扱ったり意識化できていないと、無意識に変革のお化けに飲み込まれて、元の文化に揺り戻される可能性が高まるだろう。
Nが取り組んだA社の組織文化の変革は成功事例として有名なものだが、ホフステードの文化診断を使うことで、変革を見える化しながら、より意識的に取り組めた可能性がある。また、プロセスワークの視点も持ち込んで振り返ると、Nの組織変革に偏りもあるように思われる。ドラスティックな変革の裏には大規模なリストラが行われていたし、壁を作らず変化のスピードの速い変化に対応する組織は燃え尽きという影を作り出したかもしれない。 組織文化の深層においては、変革のお化けを切り捨てたり、悪とするだけではなく、それが既に持っている肯定的な側面も検討し、新しい組織文化スタイルに統合する道も考えられたのではないだろうか。 今回は既存の事例にホフステードの組織文化診断モデルを応用して、組織文化に生じていることについて検討をしてみた。また、そこから見えて来る組織文化の内面的な部分にプロセスワークの視点が生かされる様子が垣間見えていたらと思う。引き続き次回は、企業の事例を取り上げながら、組織文化の内外含めた全体からのアプローチから見えて来るものを検討していく予定である。