企業が直面する問題の複雑性が増している。その複雑さとは、考慮する要因が増えただけでなく、各要素の関係性まで考えなければならなくなっているということだ。そうした時代には、従来のスキル重視の思考教育では対応し切れない――広げる・分ける・つなげるという3つの思考をバランスよく統合し、活用することが必要なのだ。
企業・組織体が解決しなければならない経営課題は一層複雑さを増している。昨今の「複雑性」の特徴は、考えなくてならない「要素の数」が増えているということに加え、「要素間のつながり(時間的因果や相互作用)」に、これまで以上に意識を向けなければならないことが増大しているということである。後者の「つながりの複雑性」とは、時間軸・空間軸で原因と結果が離れて起こり、その因果のひも解きが難解だったり、社会のオープン化・シームレス化の流れの中でより多様な人々が相互に絡み合うといったことから生じるものである。
しかしながら、昨今の管理職が解決しなければならない課題は、概して断片的・散発的に発生している。よかれと思って実行された過去の打ち手の副作用や、空間的に離れた他部門の施策のしわ寄せなど、対処すべきさまざまな問題・課題が「それぞれ切り離された状態」で次から次へ唐突に降ってくるという感じである。かくして、管理職たちはじっくり考える間もなく多忙を極めているのだ。
さて、このようなビジネス環境の中、企業の管理職を中心に見受けられる、「思考」の盲点・課題を探ってみたい。筆者は管理職を中心に戦略思考や問題解決思考などの研修やワークショップを数多く行っているが、その中で最近感じることを踏まえ述べてみようと思う。
昨今、「論理思考(分析的思考)」は企業の「共通言語」として大分浸透している。意見や主張を述べる際、まず結論から言う、そしてそれを支えるいくつかの理由を述べるという、「論理構造」を意識した発言や、複雑な状況や問題を「漏れなく、ダブりなく」要素に分解して考えるといった思考パターンは増えてきている。
しかしその一方で、特に管理職の思考は大きく次の3つからなる「症候群」に陥っていることも同時に感じるのだ。それは「暗黙の了解過信症」、「過度抽象化症」、「分解過剰・全体観失調症」である。以下、これらが具体的にどのようなものか、なぜ問題なのかを説明していきたい。
研修などで管理職層と場をともにすると、以前に比べ、確かに表面的な論理展開そのものの正誤は指摘されるようになった。しかし、たとえば、「足繁く通うほど顧客獲得率が高まる」「ソリューションビジネスほど儲かる」など、これまで通用してきた「暗黙の了解(過去の成功体験から来る経験則や一般論)」に長いこと浸ってきたがゆえに、既に現在では成立があやしい、こうした「論理展開の前提」に目をやり、あえて疑ってみる、崩してみるというメンタリティが概して弱いように感じる。
なぜ「前提」を疑えないことが問題かというと、昨今では、こうした「前提」の裏側に潜む「メンタルモデル(人々の意識・無意識の前提や価値観、世界観)」をあぶり出せるかどうかが、問題解決につながるからだ。つまり、「自分たちはなぜこうした前提を持つに至ってしまったのか」、「組織の中のどのような常識や目標、世界観がそうさせているのか」というところまでえぐり出さないと、昨今の複雑性に富む経営環境からして本質的で持続的な解決につながらないことが多くなってきている。苦しい葛藤が伴う思考作業と言えるが、こうした思考習慣を鍛えるにはこれまでの表面的な論理構築や検証に重きを置く「論理思考スキル教育」では限界がある。マインド面(メンタルモデル)にぐっと入り込むことがカギとなる。
この症状も、とても多く見られる。1.と同様、組織に長く染まるがゆえの症状とも言える。限られた情報や出来事から「要は何が言えるか?」「だから何なのか?」というメッセージを抽出する「仮説」の重要性はだいぶ認識されるようになった。しかし、そのメッセージは過度に抽象化され、耳に心地よく組織に受けがよい「美辞・淡白なビッグワード」に安易に変換され、「示唆のある仮説」と言えるレベルまで解釈されていないことが多い。そのため、「論理展開の中抜き」が起こり、一見もっともらしい「似非ロジカルメッセージ」にまとめられるというものだ。これでは具体的な課題やアクションのイメージが伝わらない。
突き詰めると、この「過度抽象化症」の主要因は、「もし自分ならば、限られた情報をこの状況でどう解釈し、今どういう行動や意思決定を起こすのか」という、「我が事」としての実行切迫感の弱さが根底にあるように思う。「言葉」に、「行動」を前提とした「魂(言霊)」が宿っていないのだ。つまり、「思考(考え方)」以前の「マインド(心構え)」の問題と言える。
3つめのこの症状が特にクリティカルなものであると考える。MECE(漏れなしダブりなし)やロジックツリーなど、複雑で曖昧なものを切り分け、要素還元して考えるアプローチは言うまでもなく大切な思考法である。しかし、一方で、過度に細分化(分解・要素還元)することで、物事の「全体観」や「メカニズム」を見失ってしまっているケースも多く見受けられる。つまり、一連のプロセスやストーリーとして「続きもの(としての構造)」で捉えたほうがよい類の課題であるにも関わらず、過度に切り分け、全体像をかえって見にくくしてしまっている傾向があるということだ。
冒頭、昨今の経営環境変化の中での管理職の業務が「断片的で同時多発的」になっているということを述べた。このような状況で重要なことは、まず、断片的に起こっている複数の仕事や事象といった「パーツ」をそのまま断片的に捉えるのではなく、視野を広げ、複数のパーツを「全体観のあるフレーム」の中に位置付けて捉えることだ。さらに、パーツ間に「ストーリー(時間的因果相互作用論理の流れ)」を見出し、「テコ」となるポイントや複数の発生業務の「同根」となる課題なりを探しながら仕事を進めることだ。
ただし、一般的にロジックツリーなどを使って「全体」を「分ける」ことは、自分が理解しやすい単位にブレイクダウンすることなのでやりやすい。反対に、「見えていないもの」も含めて視野を広げることや、分かれているものを「つなげる」、「統合する」ことは、「正体のわからない全体」を模索する苦しい思考になる。一般的により難易度が高く、その動機、意欲も高まりにくいと言える。つまり、ここにも「思考」以前の「マインド面の強さ」が求められるのではないだろうか。