私は、2002年から2004年まで、ピーター・ドラッカーが創設し晩年まで教鞭をとった、カリフォルニア州クレアモントにある経営大学院「ドラッカー・スクール」で学びました。そこで、生前のドラッカー氏及びその思想を引き継ぐMBA教授陣から「マネジメント」の実践哲学と経営理論全般を学びました。
私の入学当時、ドラッカー氏は93歳。高齢ながら、頭はまだまだシャープで、定期的に学生たちに話をする場を持ってくれました。入学後の最初の講義で、彼が最初に学生に語りかけた言葉は忘れられません。彼はこう言いました。
「Remember who you are. Take your responsibility. 」 (「自分が一体何者か思いおこしなさい。あなた自身がその答えに自分で責任を持ちなさい。」)
ドラッカー氏の生の講義ですので、「社会変化」「企業戦略の今後」「組織マネジメントの要諦」といったテーマから切り出されると思っていた私は少し不意をつかれた形です。組織や企業のマネジメントを学ぶために集まった学生の前で、「自分」という切り口から彼の話が始まったからです。
ドラッカー氏は、「セルフマネジメント」という言葉をよく使いました。組織をマネージする前に、自分自身の目的・目標、強み、価値観などを考え抜き、まず自分自身という希少な資源を活かす意識を持つ、という考え方です。 彼の中には、自分という軸が曖昧なマネージャーが組織のマネジメントを行ったとしても、結果として人々を束ねる強い力やエネルギーは発揮されないのだという信念があったはずです。
我々(特に日本人)は、自己紹介をする場合に「○○会社に勤務している(していた)」「○○の部署に所属している」「○○などのプロジェクトを担当している」と話しがちです。しかしドラッカー氏は、独特のユーモアを交えて、「そのような話にはあまり関心がないよ」と言います。「それより私が知りたいのは、あなた自身が一体どのような志や目的を持ち、どのような価値観を大切にして生きているのか、ということだ」と。そのマネージャー自身が「人生でどんなことを目指していて、どんな価値観を基軸としてその仕事に向き合っているのか」という意思に、部下もまわりのメンバーも共鳴し、その目的の実現に貢献してくれるものだからです。
ひるがえって、現実のマネジメントの現場を見れば、どの企業の現場も「多忙」を極めます。ますます複雑になる組織構造や業務。不祥事を防止するために厳格化される管理・統制ルール。投資家からの高い期待に基づく「業績成長の目標数値」。多くのマネージャーが疲弊しています。当然ながら、「自分の思いを自分の言葉で」語る余裕もなくなります。 しかし、そのような現実の中でも、「自分はこう考える。」「これが本当に顧客にとって正しいことだと思う。」と一人称で語ることができるマネージャーもいます。組織内の「調和」に波風を立てる場合もあるでしょう。しかし、なぜかそのようなマネージャーは部下の協力を集めます。部下の方にヒアリングをすれば、
・「マネージャー自らが自分の言葉で意思を表明してくれているから。」
・「(組織に依存しない)ご自身の覚悟と信念を感じるからついていきたい。
といった言葉が返ってきます。 マネージャー自身が「自分の内面の声」に耳を傾け、それを仲間や部下に伝えていくことで、本当に強い協力体制ができます。顧客が本当に満足して喜ぶことを探求し、情熱を持って実現するチームが生まれて躍動することは、会社にとっても、人の人生にとっても大きな価値があります。 約10年前に、ドラッカー氏が教室で最初に語ってくれた言葉に、大切な原則が含まれていたのだと今改めて実感しています。
本コラムと関連したセミナーを 2013年9月27日(金)に行います。是非お越しください