プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

組織の深層心理:ビジネスに役立つプロセスワーク、6つの視点第6回:三菱自動車におけるデータ偽装〜プロセスワークから見た隠蔽2016年5月16日

2016年05月16日 佐野浩子[一般社団法人 日本プロセスワークセンター 代表理事/CEO

三菱自動車におけるデータ偽装〜プロセスワークから見た隠蔽

三菱自動車のデータ偽装が発覚しました。これまで露見してきた隠蔽や、オリンパスや東芝の不正会計の隠蔽とも合わせて「日本企業の隠蔽体質」が、浮上しているように思います。俯瞰してみると、ここ数年で立て続けに企業における隠蔽が露見しているのは、何か日本全体にとって意味があることのようにも思います。自動車や電化製品など、高い品質管理で世界でもトップレベルであった日本企業。誠実で勤勉な日本文化…。世界における日本のイメージは、あいつぐ隠蔽の露見により今や変わりつつあるのではないでしょうか。今回は三菱自動車のケースにおける組織の深層心理を、プロセスワークの視点から見立てていきたいと思います。

三菱自動車は戦前から自動車を生産している息の長い自動車メーカーのひとつです。2000、2004年そして今年と、隠蔽が発覚するのは3回目。なぜ三菱自動車は、過去2回の発覚でも「変わる」ことができなかったのでしょうか? ダイアモンドオンライン(http://diamond.jp/articles/-/90980?page=2)に、三菱自動車の筆頭株主として事業再生委員会を立ち上げた安東泰志氏の記事が掲載されています。社員たちへの大規模なインタビューやアンケートを実施し、三菱自動車の組織文化を分析した結果、そこには「上司にものを言えない隠蔽体質」「タコツボ文化」(自分の所属する部以外は責任を持たない)、があったと書いています。ちなみに、昨秋三菱自動車ではSUVの開発が遅れていることを上司に報告しなかったという理由で、2人が諭旨退職せられていたという記事もありました。実際にはどのようなことがあったのか、部外者としては知る由もありませんが、「上司にものを言えない文化」に対し、「上司にものを言わないと退職させる」とモデルを示すことで「ものを言わせる」文化を作ろうとしていたのかもしれません。

企業の体質は、企業文化によって形作られていますー「文化とは、あるグループを他のグループから区別する心のプログラミング」…世界中の国や組織についての文化診断を行うホフステードモデル(itim)では、文化をこのように定義づけています。文化の中には、無意識的に形作られてきた「価値観」の部分や、意識的に身につけた「慣行」の部分があります。個人に例えれば、「習慣」として身についた慣行は変革が可能ですが、無意識的に染み付いている価値観には気づきにくく、変革もしにくいとitimでは言われています。 そしてこうした組織の無意識的な価値観は、先にあげたような「指導」や「罰」で変わりうるものではありません。

もし私がコンサルタントとして三菱自動車から、「この偽装問題が起きたことについて、変革を手伝ってほしい」と言われたら、まず次のような仮説を立てるのではないかと思います。 まず、この燃費実験をやる部署には「データを改ざんする」という命令を下す/リードするロール(役割)が存在し、そのことにより、部下たちは命令に従っていたのではないかと推測できます。リードするロールを担う人がいたとしても、こうしたデータの改ざんは、明確な形での命令や議論がないまま決定があり、「なんとなくいけないことだとわかりながら」、その部署の人たちは関わっていたと推測されます。この場には「偽装はいけないことだ、もしこれが発覚したら、ブランドイメージは失墜する」という声を上げてくれる人がいなかったのではないでしょうか。本来ならば、誰かがこうしてルールを破ろうとする時「ダメだよ」と言うロールを担う人が出てくるものです。「子供」がいたら「親」がいるように、対になって現れるロールです。現れるべきロールが現れないことを、プロセスワークでは「ゴーストロール」と言います。ここでは「ダメだよ」と止める役割を担うロールが、ゴーストロールだったといえます。

また、偽装に関わった人たちの心の中に「これはまずいのではないか?」という思いが、ぼんやりあったと思うのですが、それを口に出して話しあうことは、なかったのではないでしょうか。一人一人が心の中で、「ダメなのではないか」と思いながら、その考えをどこかにおいやってしまったように、相似形で、この部署の中にも「ダメだよ」というべきロールの声が、出てこないままだったのではないかと思います。 組織開発のコンサルタントとして、私は当該部署の各メンバーにインタビューができたならば、データの改ざんに対し「ダメだよ」という声を発することへの抵抗(エッジ)について、聞いただろうと思います。「上司に言ったら、会社を辞めさせられそう」という声が上がるかもしれません。そうしたら、上司に(誰が言ったかはわからないような形で)「偽装に対して、”ダメだ”と声をあげる人が出てきたら、どんな気持ちになるか」についてインタビューをしたかもしれません。

また、ミーティングの場を設け、「偽装をする」リーダーのロールと、それに従う「フォロアー」のロール、そして実際には現れなかった「ダメだよ」と止めるロールについて、席をつくり、部署の人たちにはそれぞれの場所にいってもらい、それぞれがどんなことを思うのかについて、口に出してもらっただろうと思います。 偽装を行ったことの裏には、なんらかのまっとうな理由があったのだろうと推測できます。例えば「データを改ざんしなければ他社に負けてしまう」という恐れがあったかもしれません。会社が危機状態にあるため、データを改ざんしてでも何とかしたかったのかもしれません。偽装を行う側のロールが持っていた思いを、しっかり聞くことが必要です。

どのロールも自分の一部として感じられ、自分の心の内側にも同じロールがフラクタル(相似形)でいることが腹落ちされるところまでそれぞれのロールの声をしっかりと聞くこと。このプロセスが私たちの心の深い部分に影響を与えます。その場にある声が口に出されることで、場の空気も変わっていきます。こうして個人と組織が相互に作用しあいながら、組織は変容していくのです。

さて、「ダメだよ」と止めるロールは、プロセスワークでいうところの「エッジ」でもあります。エッジは、初回で述べたように自分のアイデンティティを作るもの、自分を形作る価値観です。三菱自動車に必要だったのは、「これがバレたら、三菱自動車のイメージが失墜してしまう」というエッジを場に招き入れ、育て、そして1次プロセスの「恐れ」や「危機」としっかり向き合い、議論を重ねて、何か第三の道を生み出すことではなかったかと思います。

「空気を読む」ことを大切にする日本では、これまで「私の」意見を持つこと、その意見を相手と議論することが、文化の中で培われてこなかったように思います。日本人が得意とする「空気を読むこと」「察すること」はとても美しいことですが、それだけではなく、「自分を生きること」「”空気を読む”中に投影されているロールとしっかり向き合い、ただそれに従うのではないこと」が今の日本に求められているような気がしてなりません。

これまで6回連載をさせていただき、今日が最終回になります。書くことの苦手さや、まだまだビジネス文化の中では経験が未熟な私がこのような文章を書くこと自体が、ある種の「偽装」のように思える部分もあったのですが、6回を通して、起きている事象やドラマとプロセスワークを突き合わせながらここまでやってまいりました。この文章が皆様のお役に立てることを願ってやみません。読んでいただきありがとうございます。

※バックナンバー「組織の深層心理:ビジネスに役立つプロセスワーク、6つの視点」

・第1回:プロセスワークから考える組織の成長
・第2回:個人の成長と組織の変容
・第3回:深層を流れる物語?「ロール理論」からみる組織の成長
・第4回:管理職としての自分を知る?パワーの取り扱い説明書
・第5回:深層を流れる物語?セブンイレブンジャパン社長交代とプロセスワーク流リーダー
・第6回:三菱自動車におけるデータ偽装?プロセスワークから見た隠蔽

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組織開発の基本 第2章プロセスワーク理論 第1節

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