前回のコラム『魔王化しつつある経営リーダーたちへ』では、組織変革に奮闘する経営リーダーや周囲の方々が、厳しい状況をポジティブなパワーへ変えていくためのヒントを、組織開発の観点からご紹介しました。
今回は組織開発の具体的な事例として、前回コラムでも少し触れた、阪神タイガースの金本前監督の組織変革を分析してみたいと思います。
金本前監督の組織変革を語る上で比較するとわかりやすいのが、同じように外様から監督に就任し、2003年に阪神タイガースを18年ぶりのリーグ優勝に導いた星野氏です。
闘将と呼ばれた星野監督、アニキ金本監督、ともに個人のタイプとしては熱血漢で「魔王スイッチ」が入りやすいように見えます。
一方は就任2年目で優勝、一方は成績不振で辞任、と両監督の就任後の明暗を分けた要因はどこにあったのでしょうか。
組織開発の観点から紐解いていきたいと思います。
まず、「組織開発」についてものすごく簡略化して説明すると、
を探求している学問領域です。
上記の2つの視点から、組織変革に挑むリーダーの「魔王スイッチ」の入りやすい「試練ポイント」を事前に想定し、「支援」が提供される状況を整えておくことは、非常に大切な経営テーマです。
今回の阪神タイガースのケースを分析するために、まずは星野監督と金本監督の組織の状況とステークホルダーの関係性、また金本監督本人の状況を簡単に洗い出してみると次のようになるでしょうか。
金本監督自体は監督経験がなく、かつ内部昇格で兄貴分から監督という父親的立場に移行したため、最初から星野監督とは異なる力学でスタートしています。
ここから先は、もし阪神タイガースに組織コンサルタントがついていて、金本監督という新しいリーダーによる変革を支援する立場(アドバイスやコーチングを行う立場)にいたら、どのようなポイントに着目するかについて、集団力学の視点から見ていきます。
組織心理学では、集団において人が持つ力の源泉として「ランク」という概念を使います。
「ランク」の説明を簡単にすると、ポジションパワーのようなもので、上司が人事権を持つなど、部下と接する際に大きな影響を発揮するようなものをイメージしてください。
(「ランク」という概念の詳細については別の機会にご説明したいと思います)
今回のケースでは、内部昇格でポジションランクが上がったために、それまでと同じような言動をしても、周囲に与えるインパクトが違ってきます。
例えば、工場で総務部長をしていた方が工場長になった途端に、これまでは気さくに何でも言ってくれたメンバーが何も言ってこなくなった、というようなパターンです。
「ランク」は本人が認めようが認めなかろうが存在するものであり、重要なのは自分の今のランクを十分に自覚して、それを上手に使うことです。
金本監督のランクの変化に伴うチーム内への影響を慎重に観察し、本人にフィードバックされる仕組みが準備されると良いでしょう。
星野監督の場合は、「自分は参謀役」と割り切って何でも率直にフィードバックしてくれる島野コーチや、選手の代わりに叱られ役を買って出てくれる田淵コーチがいたことによって、その仕組みができていたのかもしれません。
また、仮に金本監督が兄貴分から親父的存在にシフトができたとしても、元の同僚の中には、兄貴的な立場だった人に対して、その役割で接することを期待する(心理学用語では「投影」といいます)人もいるでしょう。
そういう人は選手起用を巡って自分が不利になる時には、「これまで同僚だったお前が、監督になったらそういうことをするのかよ。乱暴すぎないか。ちゃんと納得の行くコミュニケーションが出来ないお前はまだまだ監督にふさわしくないな」と反発することも起きるでしょう。
半分は金本監督のせいではない他者からの投影が起きることも想定して、どっしりと構えた対応をする必要も出てきます。
巨人のようにお抱えメディアを持たない阪神は、負けが込めばネガティブな記事ばかり書かれて袋叩き状態になります。それがエスカレートすると、阪神お得意のお家騒動につながります。
また、阪神ファンと選手の距離が近く、成績が悪いとすぐに厳しいヤジが飛ぶ一方で、ちょっと活躍するとファンの中でもタニマチ的な人々がチヤホヤして、若い選手を勘違いさせてしまうパターンもよく見られます。
メディアにもファンにも悪気があるわけではないでしょうが、お互いを甘やかしているところがあるのかも知れません。
OBは自分が阪神の職にありつきたいこともあり、ちょっとでも失態が続くと現行政権批判をして足を引っ張る伝統があります。
そういう意味では、既存阪神文化における英雄である掛布元二軍監督と、組織文化変革の闘志(既存文化の否定者)である金本監督がうまくやっていけるかどうかは、非常に重要な変革推進のシンボルでした。
阪神文化にはなかったスパルタ方式の金本監督、現代的な「褒めて伸ばす」方式の掛布。見方によっては全く正反対の両者が、補完しながらパートナーシップを組めなければ、組織体制に大きな亀裂が入ることは明らかです。
掛布氏と金本氏の両者が、共通の利益(強い新生阪神の誕生)に向かうように、お互いの信条(スパルタvs褒めて育てる)をすり合わせることに留意して、第三者によるコーチングをつけていれば、権力闘争という最も激しい対立にエスカレートせずにすんだかもしれません。
これまで見てきたように、金本監督を取り巻く周囲との関係性に多くの「試練ポイント」(魔王スイッチが入りやすいところ)が存在することを考えれば、組織側がそれらを具体的に見立てて、見合う「支援」を提供することも出来たのではないでしょうか。
例えば、エグゼクティブ・コーチを雇って、就任後・シーズンが始まる前・シーズン中・シーズン後において、オーナーと金本監督とコーチの三者で会い、相互に期待することとリスクポイント、コーチングを成功させるために必要なことを細部まで洗いだし、自覚的で意図的なパートナーシップを結ぶ。
変革を推進していく途中でも随時、変革のスピードや金本監督のリーダーシップが効果的に作用しているかどうか(得てして見たくない現実)のフィードバック、それを受け取り前向きなエネルギーに変換していくための支援環境を整えていけば、組織にとっても金本監督の成長にとっても、そして球界のリーダーシップ開発面でもよい影響が出たのではないかと思います。
「組織が直面する種類の問題は、ほとんどすべてどこかの誰かが解決したことのある問題である」(『ドラッカー365の金言』より)
今回ご紹介したように、組織変革における代表的な葛藤のパターン(元型)や、それに対して色々な経営者がアプローチしてきた経験知が既に世の中に存在しています。
例えば
次号以降のコラムでは、こういった典型的な組織課題の元型とアプローチについて順次ご紹介していく予定です。
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社
代表取締役 松田 栄一