プロセスワークを活用した組織開発とコーチング ~バランスト・グロース・コンサルティング

VC型上司の時代ー社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(1)2017年1月17日

2017年01月17日 細谷淳 ベンチャーキャピタリスト

初回:日本企業のイノベーションの特徴 −なぜVC型上司なのか−

今後AIやロボットが進化して人間から奪われるとされる仕事は何か、という議論が盛んである。会計士もその一つらしく、一定のルールに基づく会計処理は言うに及ばず、粉飾決算などの不正会計処理も一定のパターンとロジックが存在するためAIによる判断がしやすいということのようだ。元々、粉飾を見抜くきっかけは会計士の経験や勘などに依存し、そこがプロとしての腕の見せ所だったはずだが、コンピュータとの親和性の高さがそれを可能にしていくとのことである。当人達は複雑な心境かも知れないが、大手監査法人では専属部隊を擁して自らこのプログラム作成を始めている。時代の変化に目を背けることなく、その先にあるヒトとAIとの共存共栄の姿を自分達で切り開く姿勢は賞賛に値すると思う。 会計処理に続いて、FinTechでは銀行の融資審査業務も自動化してくれることになっている。確かに決算書の解読は上記のようにお手の物だろうし、決算書以外の様々な属性情報をビックデータ解析する手法はむしろ効率化だけなく、正確性への信頼向上にも役立つような期待があるのも事実である。

しかし、長年ベンチャー・キャピタル(VC)をやってきて、沢山の失敗判断(投資して失敗したもの、投資せず成功したもの)を経験してきた立場から思うことがある。「果たしてビジネスモデルのイノベーションはAIで判断出来るのだろうか?」という疑問である。 答えは、Long termでは間違いなくYesだろう。チェスや将棋に続き囲碁でもヒトを打ち負かすDeep Learningの手法は破壊的だ。時間の経過、つまり「経験」の蓄積で進化を止めることはないだろう。しかし我々人間がビジネスモデルの革新を必死に考案して競争相手を出し抜こうとする時、忘れてはいけない文字通り「人間的な」側面がある気がしてならならい。それは科学だけでは埋められないMissing Pieceを「非常識にチャレンジする情熱」がカバーしているのではないか、という仮説である。 大体に於いて、最初に新しいビジネスモデルに出くわしたときは懐疑的に見えるものである。恐らくそれが非常識極まりないからだろう。そういう既成概念や常識化した過去の成功事例がどうしてもそう反応させるのである。冷静に、合理的に、理論的に思考すればするほど、後にDisruptiveなものであればあるほど初期反応はネガティブなのではないだろうか。

経営学という学問がある。私も学んだ。それはサイエンスであり、体系だって整理され、利益を上げるメカニズムを分解して理解することが可能だ。でも、なぜ化学の実験のように、レシピ通りでも再現性が低いのだろうか。競争なのだから完全に模倣事業をしても優位を保てないのは分かる。でもそれだけでは何か隠し味というか、フレーバーが足りない気がする。因みにこの「レシピ」だが、クリステンセン教授は著書「イノベーション・オブ・ライフ」の中で事業の静的なスナップショットを捉えて普遍的な真理のように扱っても意味がないとしている。むしろ動的な映画のように因果性をもった理論こそが重要であると説いている。そして因果性の中心には人間の感情やモチベーションがあるということになるが、私はその不確実性を飛躍のバネにしつつ同時に如何に予測可能にできるかに成功の鍵があるのではないかと考えてはじめている。

一方で、恋愛学という学問は存在しない。100人いれば100通りの恋愛の形があるとされ、大いに悩む割には普遍的な分析とパターン化する試みは成功したためしがない。恋愛は情熱そのものである。非合理的で、ともすると酷いダメージを受けるが、それを知りつつも何故かまた惹かれるものを感じ、繰り返してしまう。私は起業家がもたらす「斬新な」アイデアにそれと似たような感情を抱いている気がする。例えそれが非常識極まりなく、非合理的で、はっきり行ってCrazyであったとしても。この起業家に共感するということ、突き動かされる何か、それこそがサイエンスのみの合理性の世界から解き放たれる真のイノベーションを起こす源泉なのではないかと私は確信しているのである。

世の中気がつくと空前のオープン・イノベーションがブームとなっている。いかにもクローズっぽい会社のお偉方も口をそろえて連呼している。長いこと世界5拠点で大企業の技術ニーズを御用聞きして、世界中の研究者やベンチャー企業からソリューションを探索して橋渡しする、オープン・イノベーションそのものを生業にしてきたナインシグマという会社がある。この日本の組織であるナインシグマ・ジャパンは今春から日本独自のサービスを始めた。元々企業のHOWを提供することがメインであったが、そもそもその前に「新規事業として何をしたらいいか」即ちWHAT to doを探す代行をすることにしたのである。具体的にはイケてるベンチャー企業を見繕って紹介してくれ、というニーズだそうだが、何とも日本の大企業が情けないと思う傍ら、「ビジネスモデル・ナビゲーター」の書籍の中でWho, What, How, Whyの4軸で捉えることを定義した上でそれらを再設計することがビジネスモデル・イノベーションであるとしていることを鑑みるにとても興味深い話であることに気づく。欧米では少なくとも何をすべきかは考え尽くされた上で、その技術的に不足しているソリューションを求めてくるが、それはWho, What, Whyが先にあるということになる。それに対して、日本のケースは技術開発とプロセスのイノベーションはそれなりに突き詰めていける(つまりHowは議論が先行する)ものの、Whatが、そして恐らくそれに紐付くWhoもWhyもイメージが湧かないことを裏付けているのだ。実際にベンチャー企業を紹介されて、起業家と面と向かったとき大企業の方々はどうするつもりなのだろう。

もう一つのトレンドである社内ベンチャーの活性化や企業内イノベーションの議論は、オープン・イノベーションの欠如や上述したサイエンス的アプローチ偏重では成功は覚束ないことがわかる。大企業にいてビジネスモデルのイノベーションを検討する作業は、成長と安定を同時に追究するようなものである。一方スタートアップ企業は成長と安定はTrade-offと見做し、組織文化から解き放たれた奔放なメンタリティーが原動力である。企業内で如何にこの要素を確保或いは演出していくのか、それが鍵を握っていそうだ。しかし、これが矛盾に満ちた作業であり容易ではないことはすぐに想像が付く。組織とは規模が大きくなり成熟するに連れて自ずとリスクを排除するメカニズムが幅を利かせてくるものだからだ。 希望はある。なぜなら皮肉にも世界の政治経済情勢が不透明になったお陰で、リスク無くしてリターン無し、というビジネスの普遍的真理を改めて認識せざるを得なくなってきたからである。はっきりしているのは、リスクと向き合い腹をくくれるのは集団ではなく、個人あるいは限られた少数チームだけだということだ。

そこで私はベンチャー・キャピタリストという職業人に求められる資質との類似性に着目し、そのような存在がイノベーションを誘発させる触媒となるという仮説を提唱したい。即ち、「VC型上司」の出番である。

次回以降次の目次で連載していく予定である。 第1章 VCが行なっていること−VBを見立てる、VBのwho, why, what, howにハンズオンで関わる 1) VBを生み出す基本構造−アイデアをイノベーションに結びつけるためのVCサイドのハンズオンチェックリスト 2)私の成功と失敗経験から、このチェックポイントの難所はどこか (最大の難所は未知なるパーツへの嗅覚と柔軟な態度) 第2章 なぜ社内ベンチャーが育たないのか 1)社内ベンチャー特有のVB生育環境を生み出す構造 2)アーリー、ミドルステージ、レイトステージにおける失敗のパターン(社内発と買収) 第3章 VC型リーダーの行動様式 1)職人型リーダーの擁護者&メンターとして 2)したたかな政治家として 社内の敵 3)トリックスターとして 第4章 処方箋はあるのかー組織内の生態系を徐々に整える 1)EBM第一期生のインパクト:バカにならないスター誕生型イベント型〜隠れた志士の発掘 2)裾野戦略としての風土改革:スター誕生型イベントが成り立つ環境づくり(既存事業における地上の星へのケアも忘れない) 3)複層リーダーシップコミュニティー個を生かす企業やセンゲの学習する組織を生み出す三階層のリーダーシップーvcから見た視点 第5章 日本型VB生態系ーエコシステム 1)シリコンバレーかぶれにやられるなー日本という土壌で育つ作物と環境に関する私見 2)この生態系づくりに貢献するために私が今後していきたいこと(新VC創造と教育)