VC型上司の時代-社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(3)2017年3月14日
2017年03月16日 細谷淳 ベンチャーキャピタリスト
第一節:ベンチャー企業を生み出す基本構造-アイデアをイノベーションに結びつけるためのVCサイドのハンズオンチェックリスト(中)
<(2)市場> VCなど事業計画を吟味する立場からはよく「その市場はあるのか?」という問いかけがなされるが、それは通常、顕在化された市場における結果としての売上実績の集積を指すので、未だ顕在化されていないニーズを対象としている場合はナンセンスな質問である。ではどのように市場性を判断すべきなのだろうか。 ここで今一度おさらいを兼ねて「ビジネスモデル・ナビゲーター」の中で示されているビジネスモデルイノベーションが成立するための4軸の図(マジック・トライアングル)を見てみよう。
図 1 ビジネスモデルイノベーションのマジック・トライアングル
先述した<(1)ソリューションとしての基本コンセプト>は「誰の(Who?)課題を解決するソリューション(What?)なのか」、という話であった。 一方、「なぜ人はそれにお金を払うのか(Why)?」という問いかけが正に市場性の議論である。ニーズを満たしているから、と言ってしまえば簡単だが、これはそれほど単純でないことはビジネスの世界で日々苦労を重ねている多くの方々はすぐに同意出来るであろう。特に最近では有償無償を巧みに組み合わせるビジネスモデルが日々存在感を増し複雑化しているので、ましてや潜在的なニーズを掘り起こす作業は大変難しく、試行錯誤の連続である。現存する商品やサービスより性能や機能が向上したものをより安価に提供する、というシンプルなモデルから脱却できなかったことが日本のメーカーを近年苦しめてきたことは既に広く認識されている。しかし、潜在市場を発掘するためにいくらリサーチしても、消費者調査を重ねても解は出ない。古くはヘンリー・フォードが初めて自動車を量産して世に送り出し、自動車社会を創出した後に言った言葉「もし人々に何が欲しいかと聞いていたら、もっと早い馬が欲しいと言っただろう。」や、近年スティーブ・ジョブズが同様に「フォーカス・グループによって製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分は何が欲しいのかわからないものだ。」と話している。これらに代表されるように、潜在ニーズや市場は一個人やごく少人数の閃きと情熱、思い込みと意志によってのみ生み出せるのかもしれない。ここにチャレンジするためには起業家マインドが必要不可欠であることは前提としつつも、ハンズオン的に関わって成功の確度を上げるために以下のチェック項目を考えたい。
I. 技術的ブレークスルーの果てに市場的未来はあるか(非連続性、パラダイムシフト) 先ずはこの図を見ていただきたい。
図 2 段階的なイノベーションの進化の仮説
これは2010年頃に新しい投資戦略を考える過程で我々が構築した仮説である。これまで日本のメーカーは技術の正常進化をベースに製品を世に送り出してきた。音響機器などの家電を例に取ると、音・映像を記録し再現するハードウエア技術の機能向上と小型化や低価格化を追求することで新たなカテゴリーを創り出すことが強みであったが、デジタル化・ネット化・ソーシャル化の進展により「共有するネット技術」に価値基準が変化し、多くの企業で対応が遅れているとの現状分析を行った。例えば、より綺麗な大画面画像や3D映像とそれに付加する音場空間を創生するAVアンプなどによる擬似的な臨場感の演出が従来のアプローチであったのに対して、観戦する興奮を遠隔の友人とSNSでリアルタイムに共有することで臨場感を味わうといったようなことである。この分析を踏まえた上で、現在の「共有するネット技術」から、中期的な方向性として「更なるリアル空間のデジタル化」という段階を踏むというイノベーション進化の仮説を構築した。つまりは、これまでの日本の強みがそのままでは活かされない状況を経た上で、再度ハードウエアの進化に依拠する付加価値創造のステージがやってくるとの認識である。当時からIoTやBig Dataという言葉は使われていたが、今日ほどその概念は一般化しておらず、ましてやベンチャー企業の具体的な活躍の機会がどこから始まるのかは予見されてはいなかったと思う。アップルが当時から実現して見せたハードウエアとソフトウエア(クラウド含む)のシームレスに融合したユーザー体験に対しては、その後自分の投資先も含めて多くのスタートアップがチャレンジしたが実現の壁にぶつかっている。ただし、技術的なブレークスルーだけで新市場を切り開ける時代ではもはやなくなったという認識はこのプロセスを通じて十分に浸透していったように感じている。
II. 今、皆から欲しいと認識されているものか?昔のWish listにあったものか?(back to the future) 先述したヘンリー・フォードやスティーブ・ジョブズの事例に見るユーザーヒアリングやマーケティング調査の限界の話しに戻るが、マジョリティの意見として上がってくる「欲しいもの」は多くの場合何らかの形で既に刷り込まれている可能性が高い。例えば、ハイエンド商品で実装された新機能が普及版に降りてくるのを待望したり、別々の商品で実現している機能を一つにまとめた「全部入り」製品を口にしてみたりする。つまり、予見される目先の技術進化に発想が縛られるのであるが、これは短期的な未来の情報量は多く精度も高い一方、長期になるほど量も精度も低くなるためであろう。従い、そういった意見の中にイノベーションのヒントを求めることは出来ないことになり、逆にそれらを尊重して製品化した場合は早々にコモディティ化して価格競争に巻き込まれるのが関の山ということになる。私は以前自分の投資先であったベンチャー企業に転職しているが、その会社は急速に進化を遂げるデジタル画像の要素技術を担うソフトウエアを開発し、デジタルカメラや携帯電話向けに提供していた。そこでは2006年頃からより高付加価値な製品を送り出すためにデジタルカメラは今後どのように進化の方向性を目指すべきかという議論を始めていたが、上記の発想の呪縛から既存技術のブラッシュアップを越えた議論が出来ずに苦しんだ経験がある。現在からみると、近すぎる未来は情報というノイズが多すぎる。開発現場では部品であるデバイス性能、たとえば性能スペック、大きさ、重さ、発熱量などの制約に引きずられてしまい、発想を解き放つことができなくなる。デジタル技術の正常進化から離れ、「このプロダクトは本来こうあるべきだ」という本質を極めるためには、一旦過去に戻ってみるのが有効なのではないかとやがて着想するようになった。なぜなら、遠い未来、例えば30年先を夢想することは比較的自由に出来る気がするので、一旦過去に戻り現在を通り越して当時見ていた遠い未来としての近未来なら予見できるのではないか考えたからである。ベンチャー企業のイノベーションに求められる3年から5年先という早すぎず遅すぎない製品戦略にも有効なのではないかと。我々はこの思考のプロセスを「Back to the Future戦略」と命名した。(図3)これは大げさに言うと「現在の再定義」なのではないかとも考えている。つまり、現在は「過去から見た未来」であり、また「未来からみた過去」であるわけであるが、科学技術の連続的な進化の中に身を委ねて生活していると、この変化に鈍感になってしまい、今生きる現在の評価が出来なくなってしまいがちであることへのチャレンジだ。その時はまだ銀塩(フィルム)カメラは健在で、私自身もリバーサル・フィルム(ポジ)を使った写真撮影を趣味にしていた最後の時代である。百数十年かけて完成されたフィルムカメラの終焉を迎えるにあたり、何か失ったものがないだろうかと考えるようになった。
図 3 Back to the Future戦略
銀塩フィルムの時代に遡って、写真を撮ることの意味、根源的なニーズに立ち返り、現在のスマホが実現していることと取り残されたことを再認識することを試みた。正確にしかも簡単に「記録」することと、感動や感性に基づく「記憶」を永遠に伝えたい欲求の違い。後者に未実現の機会があり、その後のカメラの在り方を決めていったことはその後の歴史が証明しているところである。(図4)
図 4 ユーザーの根源的欲求/目的を探る
ここで大事なのは、その潜在ニーズを満たすために技術やインフラが十分に成熟しているかどうかをシビアに判断する必要があることである。中途半端ならお蔵入りにしなくてはならず、スティーブ・ジョブズはこの点に長けていたと言えるが、これは<(3)技術と実現可能性>で改めて触れることとする。
III. ゲームのルールを変えるモノか?(ブルーオーシャン) 競争を無意味にする競争戦略。2005年に発表された「ブルーオーシャン戦略」は私に大きな衝撃をもたらしたのを鮮明に記憶している。穏やかで広大に広がる紺碧の海を描いた表紙とともに、このブルーオーシャンという言葉はその後ビジネスの現場でとてもポピュラーになったように思う。しかし、これほど誤解されて誤用されている言葉も珍しい。多くのケースでは、未開拓の市場という意味に於いてフロンティア・マーケットやホワイトスペースと同義に用いられている。同戦略の書籍を読めばすぐ分かることだが、そのような未開拓な市場は大航海時代のように探せば見つかるものではなく、新たなカテゴリーとして意図的に創り出すものである点を理解することが重要である。それも、既存の製品やサービスからプラスやマイナス、とりわけマイナスすることで創造し、差別化と低コスト化を同時に実現した上で従来とは異なる顧客層をターゲットにしてその潜在的ニーズを引き出し満たすものだ。(図5)
図 5 ブルーオーシャン戦略の前提となる新しい価値曲線のための4つのアクション
ただ、このマイナスするというのが曲者で、なかなか大胆に踏み切れずにコンセプトが中途半端になりがちであり、守るべき既存の市場シェアを持つ企業ではうまく行かない。 その意味で資金力やリソースなど既存の大手企業に体力で及ばない新参のベンチャー企業の戦い方として有望であるわけだが、それだけでなく<(1)ソリューションとしての基本コンセプト>で述べたチェックポイントの内3つ、即ち「常識にチャレンジしているものか」「ビジネスモデルのイノベーションの可能性」「ユーザーの行動に変化をもたらすか」を市場的に裏付けるアプローチとして極めて重要な視点である。また、これを成功させるためには上記の「Back to the Future戦略」によってユーザーの根源的欲求を探る作業が欠かせない。
次号ではチェックリストの最後<(3)技術と実現可能性>について取り上げ、図1のマジック・トライアングルで残るHow?(価値をどのように提供するか?)について考えをまとめてみると同時に、三つのチェックリストの関係性を整理したい。