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VC型上司の時代-社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(5)2017年5月16日

細谷淳 ベンチャーキャピタリスト

VC型上司の時代-社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(5)
第一節:ベンチャー企業を生み出す基本構造-アイデアをイノベーションに結びつけるためのVC側のハンズオン・チェックリスト(下つづき)

これまでのコラムは下記のリンクをご覧ください。

VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(1)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(2)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(3)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(4)

2)私の成功と失敗経験から、このチェックポイントの難所はどこか

これまで3つのチェックポイントを「(1)ソリューションとしての基本コンセプト」「(2)市場」「(3)技術と実現可能性」として提示してみたが、恐ろしいことに成功するための要件としてこれらはかけ算であり、一つでも0になればその瞬間にゲームオーバーである。考えてみれば当然でもあるが、先に取り上げたIDEOのDesign Thinkingの概念図6を見ても明らかな通り、3つの共通部分に初めてイノベーションが発生するというのも同様なメッセージであると言える。あまり話しを複雑にしたくはないが、さらに言うと、市場と技術それぞれもまた複数の条件の掛け合わせで成り立っていることは、自分の過去の投資経験を振り返る中で見えていた。

 先ず市場については、「タイミング」と「大きさ」のマトリクスであり、技術についてはその結果としての「市場性」と「開発難度」のマトリクスになる。また、基本コンセプトについても「社会的インパクト」と「ビジネスモデルのイノベーション」に因数分解できる。
この関係を無理矢理数式で表すと、

VBイノベーション度=(1)x(2)x(3)=(「社会的インパクト」x「ビジネスモデルのイノベーション」)x{(「市場タイミング」x 「市場規模」)x「開発の難度」}

ということになるが、分かりにくいし、そもそも各要素について厳密に数値化することに実務的な意義を全く見出していない。またそれが可能だとも思えないので、数式を書いたのはあくまで尤もらしく振る舞うためであることを白状しつつ、ここでは経験上の非科学的な、極めて感覚的な概念の提供に留めることを予めご容赦頂きたい。その上で市場と技術についてはマトリクスを細かく見ていくことにする。

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表 1 市場性:参入タイミングと市場規模のマトリクス

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表1は先述した市場性を検討する際に結果としてこの6分類のどこに位置づけられるかによって判断することを試みたものである。各要素は非常に曖昧で稚拙な表現にしてあるが、正直な話しとして絶対的な基準は存在せず、常に個人の経験に基づく許容範囲が大きいものであることを付言しておきたい。市場の参入タイミングについて私の感覚としては、早過ぎるというのは通常は2?5年、場合によっては10?15年というものであり、規模に関してはベンチャー企業の時価総額が100億円以上に反映されうる市場とそれ以下の市場といった感じである。ここは個人の意見によって大きくずれる点は述べた通りであるが、重要なのは成功のパターンは「大市場に対して最適なタイミングで参入できた場合のみ」に限られるという、スイートスポットが非常に狭いことである。表1では○1に当たる。遅すぎることは論外であるが、早過ぎて躓くこともとても多い。未来志向の技術をベースにするためやむを得ないことではあるが、ここの見極めをその時点でどれだけ正確に行えるかが最初の難所である。また、対象市場が想定よりも小さいか若しくは部分的にしか攻略できないこともよく起こる。
 △2のケースがそれであるが、このようなニッチマーケットが悪いとは一概に言い切れない。ベンチャー企業の身の丈に合わせつつ、最初の橋頭堡として獲得する市場との位置づけを戦略的に行うケースの時である。つまり、ジェフリームーアのキャズム理論において提唱されている有効な攻略法を実践する場合であると言える。

 因みに、この市場参入タイミングについてキャズム理論との関連は次のようになると考えている。適切なタイミングというのは、要素技術の完成度や安定性、コスト低減、ユーザーのスキルを含むインフラや環境の成熟などが満たされつつ、First Moverとしての優位を活かせる、正に普及の夜明け前というイメージである。そのため、βカスタマー的なイノベーター層を経て、アーリーアダプター層が見えてきたタイミングが該当するとイメージできるのではないだろうか。

 話しが前後するが、ここで言う市場の参入タイミングは製品が完成した段階であるので、当然ながら投資のタイミングはそれよりずっと以前になる。この煩わしいタイムラグを現実的な時間として見極めることが第二の難所になるが、それを判断する鍵が「開発難度」ということになる。

 

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表 2 技術と実現可能性:市場性と開発難度のマトリクス

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 この開発難度も絶対的なものではない。大事なのは、ベンチャー企業の開発チームの現有リソースや外部調達能力に鑑みたとき、という前提が付く。また、同じ難度でも各市場性においてその意味するところは変わっていくものと考えている。
 ここでも成功の条件はピンポイントである。正しい市場性を持ちつつ中程度の開発難度が理想(○5)であるが、ここの判断は技術的競争優位を当面確立できるレベルかどうかが問われることになる。そのため小難度は競合リスク故にNG(×6)となるが、一方で高難度は開発が致命的に遅れるリスクはあるものの生み出される成果物の高付加価値に期待して少し成功の可能性が残る。

 一方、大市場をターゲットに参入が早すぎるケース(△3)では、開発難度が高いと命取りになる。(×4)これは一見すると開発の遅延を市場が待ってくれることで結果オーライになる状況が想定されるが、現実は開発の目処も市場の目処もつかないまま失敗する典型であり、過去の技術的ブレークスルー偏重の投資事例に散見された。もし、開発難度が少し低く製品を世に出すことが出来たときは、主に海外大手企業による買収という幸運なExitが転がり込む可能性はあるが、この辺りの開発難度の見極めは容易ではなく非常に悩ましいものである。多くは結果論になるが、技術革新のインパクトに酔い、惑わされることはベンチャー企業の魅力でもあるし通常のデューデリジェンスで客観的に判断するにも限界がある。例え最終製品まで開発出来なくても、途中の成果物を買収対象技術としてパッケージ化できるような開発手法並びに管理手法が求められる。
反対にニッチマーケット狙い(△2)では、タイミングが重要なので技術リスクを低く抑えられていれば多少の可能性は残る。ただし、それはメイン市場へ展開するための通過点との認識が重要で、最初からゴールとして狙っても上手くはいかない。

以上述べたことを含め、私が感じているチェックポイントの難所を以下にまとめてみる。

難所1:先進的であっても決して早過ぎない絶妙のタイミング
資金的リソースに余裕のないベンチャー企業にとっては、市場参入は少し早いくらいの絶妙なタイミングである必要がある。顧客の啓蒙に支払わなければならない時間とコストは極力最小化しなくてはならない。キャズム理論に於いて説明されているイノベーター層やアーリーアダプター層によって自発的な啓蒙や宣伝行為が起きていく初期市場の形成タイミングを常に意識することと同義である。

難所2:チームの力量に見合った開発難度の見極め
想定される市場参入タイミングへ合わせるために開発期間も正確に把握する必要があるが、それ以前に客観的にチームの力量を理解することが肝要となる。これまで述べたように、外部のVCとして判断するのは技術の専門性の他にも障害が多く、殆ど絶望的に困難である。そもそも起業家側と投資家側には情報の非対称性が存在し、資金調達のために情報の正確性を多少犠牲にすることは構造的にあり得るからである。そこで、せめて開発ロードマップ上における現時点での立ち位置をなるべく正確に行い、基礎研究から量産開発までの一体どのステージにいるのかという点を把握することから始めなければならない。そして、言うまでもないが、CEOやCTOとの絶大な信頼関係なくしては不可能である。
一方、大企業の社内ベンチャーの場合は上記の懸念は必ずしも当てはまらず、むしろ開発リソースの実力や不足する部分の認識はかなり正確に出来るのではないだろうか。不足分を社内外から調達する柔軟性さえ確保出来るなら、社内ベンチャーにはこの点においてアドバンテージがあると言える。

難所3:技術トレンドリスクの見極め、枯れた技術と成熟した環境やインフラの活用
技術難度を如何にコントロール下におくか、その方法論として有効なものの一つが成熟した、いわゆる枯れた技術を先進性の中に取り込んでいくことが挙げられる。枯れた技術による安定性と低コストを享受しつつ、どうように先進性を演出できるかであるが、Apple復帰後のスティーブ・ジョブスがこの点に長けていたことは言うまでも無い。初代iMacは技術的には目新しいものは無かったが、その斬新なデザインとレガシー・インターフェースと潔く決別して普及前のUSBに絞ったことや、初代iPodでは陳腐なMP3プレーヤーであるにも関わらず、当時有望な使い道が見出されていなかった東芝製の1.8インチハードディスクを採用したことと既存のプレーヤーアプリを買い取ってiTunesのラベルを貼ったことで別次元の差別化をしたこと等である。また、iPhoneでさえ、液晶やタッチパネル、高速通信インフラなどの要素技術の成熟タイミングを見計らったことで、それまで過去10年間キャズムを決して越えられなかったPDAをメインストリームへ押し上げたという言い方も可能である。多くの人は記憶の彼方となったと思うが、iPadに関しては1990年前後、私も当時投資に関わっていたGo Corporationまで歴史は遡る。これだけの時間の経過と技術やインフラの進化が伴ってキャズム越えの製品になるわけだから、常に冷静で合理的な判断ができるとは限らない。きっとApple追放時のジョブズもそれは出来なくて、その後の学びから体得したものではないだろうか。
 技術トレンドの教訓に関する過去の投資事例では、2000年前半にSDIOというSDカードの拡張規格に賭けたベンチャーが記憶に残っている。当時はメモリーカードのフォーマット競争が収束してSDがその勝者となることが見えていた頃だが、その勢いをかって様々なインターフェースをSDIOで実現するトレンドに運命を委ねていた。WiFi機能をSDカードで提供する製品もこの流れと言える。残念ながら現実はそうはならず、15年近く経つとUSB Type-Cに一本化する流れが現在は優勢であるが、規格競争の覇者であってもPC中心の発想や物理メディアへの依存など旧態依然としたモデルを前提とすると思惑が大きく外れる事例とも言える。もしくは、先述した『繋ぎの技術』と落とし穴であろうか。

難所4:ビジネスモデルのイノベーション
これは既に繰り返している点であるが、ビジネスモデルそのものにイノベーションをもたらす試みは、いつも非常に難しい。とりわけ過去の成功体験がある伝統的な企業にとっては尚更である。本コラムではベンチャー企業や起業家の活力にこそそれを打開する鍵があるというメッセージを伝えている。

難所5:Pivotの判断タイミング
当初の構想にどこまでこだわり続け、Pivot(事業転換)をどのタイミングでどの範囲で許容するかの判断である。失敗を認めて修正することは説明責任を果たす立場の誰にとっても難しい。引き返せる資金的裏付け、つまり資金的に修正可能なタイミングを常に意識することも重要である。つまるところ、「話しが違う」という金主側の違和感や拒絶反応と、開発当事者の試行錯誤や閃き、説明不能な「確信」とをどう腹落ちさせるのかということである。後述するが、当初の計画を状況に応じて大きく変容させていくことは成功のための必要要件ともいえ、その許容力や柔軟性の有無が勝敗を分けると言っても過言ではない。
つまり、最大の難所は未知なるパーツへの嗅覚と柔軟な態度と言える。

次回は「第2章 なぜ社内ベンチャーが育たないのか」について書いていくこととしたい。