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VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(1)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(2)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(3)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(4)
VC型上司の時代―社内でイノベーションが起きるリーダーの条件(5)
本題に入る前に横道に逸れて恐縮だが、最近記事のアイキャッチャーとして「なぜ○○は××なのか?」というタイトルが多用されているように感じている。タイムラインに溢れる膨大な情報から手っ取り早く端的に結論だけを知っておきたいという昨今のユーザーニーズに適合しているのかもしれないし、或いは普段そのテーマに関心があろうとなかろうと意外な因果関係を示唆することでエンターテイメント性を巧みに演出していると言えなくもない。というわけで早速応用してみたわけではないが、本件は古くて新しい既知の課題であり、その多くは看過されてきた印象がある。
最近はあまり聞かなくなったが、社外に飛び出す起業家を表すEntrepreneur に対して社内ベンチャーの創業者を指すIntrapreneurという造語が存在し、かつてよく使われていた。同様にベンチャー企業と社内ベンチャー(社内VB)を対比させて議論することは有効だと考えるし、本稿でもそれに倣いたいと思う。ただしこれもソトとウチという概念だけで考えれば良かった時代を反映していて、昨今のオープン・イノベーションに見られる融合型の第三極の存在がこの単純な構図を揺るがしている。ウチでもソトでもベンチャー起業を立ち上げて経営に専念していくことには変わりはないのだが、ここに来てさらに話しを複雑にしているのは、政府の働き方改革の追い風もあって新たに登場した「社内副業型」モデルの登場である。この件についても後に触れることにしたい。
この章の始めに述べたように、社内VBは「社外の」ベンチャー企業と対比されるのが常である。また一方で、社内VBは社内の新規事業と同一視されることも多い。何れも理由があるのだが、果たして社内VBの対立概念は何なのだろうか。社内VBのパフォーマンスを計る前に、そもそもの立ち位置と期待される機能を正確に掴んでおくことが何より肝要である。
表 3 企業内新事業の育成形態と社内VB
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一企業内で新事業のネタとなる技術やアイデアに出会い、それを実現しようとするサラリーマン視点で捉えてみると、表3のような二つの軸で整理することが出来る。即ち、新事業のイニシアチブをとる主体が個人ベース(少数グループ含む)か会社ベースかという切り分けと、新事業の運営を社内で実現するか(ウチ)、社外で別組織とするか(ソト)という分類によるマトリクスである。Spin-offとSpin-outの違いは通常あまり厳密に意識されることが少ないが、このマトリクス上は明快な区分が成される。接尾語のニュアンス通りで、前者は新事業を別会社として「切り離した」後も親会社が一部株式シェアを維持(知財などの現物出資分含む)して資本的関係を持ち続ける形態であり、後者は従業員が会社を辞めた状態、つまり「飛び出して」新たな会社を興すことを意味している。
この表を見ると明らかだが、一般的に考えられているとおり社内VBと対比されるのはSpin-outベンチャー、即ち社外のVBである。しかしそれと同時に企業内で規模に関わらず組織化された新規事業推進部門も対立軸として存在していることが分かる。
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従って社内VBの課題を考える上でこの対立構造を考慮して比較検討を試みることにしたい。因みに会社主体と個人主体の違いは、若干乱暴なまとめ方ではあるが、企業にとって主にCore事業に関連した新事業は前者で扱われ、主にNon-Core事業と見做される領域は個人主体となると考えるとイメージが湧きやすいかと思う。社内VBの場合は、会社化する前であろうと後であろうと新事業で発生する知財を親会社から切り離して帰属させる可能性が高く、それが主導する個人の大きなインセンティブとなり得る点が大きい。
これまで述べてきたように、VBのイノベーション度を高めて成功確率を上げるためには「開発難度をどう下げるか」という点が重要であることは間違いない。そのためには、枯れた技術の活用や社内の開発リソースを補う目的でオープン・イノベーションを積極的に志向し、またその受け皿としての社内VBを準備するなどが有効であることを指摘してきた。
そう考えると、そもそもオープン・イノベーションを起こしやすい環境が備わっているかどうかが成否を分けるという構図が見えてくる。
図 7 企業内新事業の育成形態とOpen Innovation
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オープン・イノベーションという手法は、社内の閉塞的でともすると独善的な開発環境を打破し、一企業にとっては異次元の発想とスピードを手に入れることを主眼に置いているので、先述した企業内新事業の育成形態の表にこの視点を重ねてみると「ソト」に分があることは自明の理である(図7)。もともとは社内の様々なしがらみを断ち切る効果を狙っていたといっても過言ではないので、他社との積極的で多面的な提携関係を構築しやすいアドバンテージが本来備わっている。一方、昨今のオープン・イノベーションの盛り上がりは、このような「ソト出し」に頼らなくても企業内で実現することを推奨している点に新しさがある(図8)。
図 8 オープン・イノベーションの侵攻
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この図において、未だ「ウチ」におけるオープン・イノベーションの普及が不完全になっているのには理由がある。本来「ウチ向き」な志向が強いので驚くことではないが、単なる技術導入や製品を介した共同研究、そして従来から存在する事業化から遊離した業界コンソーシアムとの区別が十分なされているとは言い難いからである。
またお気づきかも知れないが、本来活躍すべき社内VBは会社でなく個人若しくは少数チームがイニシアチブをとっているという特徴から、どの組織を代表するかという点で置かれている立ち位置が中途半端であり、ケースバイケースではあるもののオープン・イノベーションが起きやすい状況になっていない。ここに、社内VBの飛躍を阻害する第一の要因があると考えられる。
社内VBも歴史的に試行錯誤を経ており、以下のような論点がつきまとう。会社化するか、バーチャル・カンパニーで当面やるか、会社化する場合の資本構成はどうするか。Intrapreneur達の待遇はどうするか。会社員のままか、出向か、リターンチケット付の休職扱いか。当然ながら、好待遇とアップサイド・ポテンシャル(成功報酬)はTrade-offの関係であり、Spin-outベンチャーというリスクの取り方との狭間で「中間的な」リスク・プロファイルを提供することにより挑戦のハードルを下げることを目的としている。つまり、個人にとっては雇用の確保と新領域へのチャレンジを両立させることが出来、一方で企業にとっては最小限のリスクで新事業の探索を実験的に行うことが可能となると同時に、優秀な社員のリテンション効果も期待できる。
しかし、各企業がそれぞれの事情を勘案しつつどのようなプログラムに仕立て上げたとしても、その中庸的立ち位置故に、社内VBはその後成長の軌跡を辿るなら何れ二つの形態に移行していくべき宿命を背負っている。即ち、社内で正式に新規事業としてプロジェクト化され予算を持つ然るべき部署に引き継がれていくか、あるいはSpin-outベンチャーとして華々しく独立していくかである。従って、社内VBは形態として発展途上の一つのプロセスであると言えることになり、成長の阻害要因を議論する前に、その成功は違う形態において表面化するものであるという点を指摘しておきたい。
では、その社内VBの成長における阻害要因は何であろうか。先程述べた中途半端な立ち位置もその一つであるが、多くの場合はとりわけ日本の会社組織の「ウチ」に潜む企業文化やセクショナリズム、さらに独特の指揮命令系統などが重層的に作用していることは様々な局面で実感出来るのではないだろうか。これは決して社内VBに限った話しではなく、外部リソースを活用しようとする社内の新規事業全てに共通の問題となっている。
a. 社内リソースの確保
部署の壁を越えて、知財や開発のためのエンジニアリング・リソースなどを融通できる体制にあるかどうかは曖昧である。一方で先に触れたように外部リソースの活用も柔軟に行えるとも言い難い微妙な立ち位置がネックになる。仮に社内リソースにアクセスできたとしても、その商業利用の条件や新規開発に伴う知財の所在など明快な取り決めが事前に整備されることが必要となる。
b. 会社の看板と独自のブランド化
親会社の看板を使うことで当初の事業化は比較的スムーズに進められるが、その結果としてVB自身のブランド戦略に制約が生じることになる。上手くできればいいとこ取りが可能ではあるが、ここにも中途半端な立ち位置の苦悩がある。
c. 社内審査会やコンテスト偏重
ビジネスプラン・コンテストは盛んに行われるが、その結果を具体的にどのように事業化していくかのプロセスを整備する必要がある。とりあえずコンテストを実施して一次的にイベント的な盛り上がりをみせても、VB化を本気で進めるのか、既存の関連事業部が引き取るのか、解決すべき課題は多い。
d. 「嫁ブロック」
社内VBの中でも、よりSpin-outに近い取り決めで社内起業家達のモチベーションを高めるプログラムもある。例えば成功報酬や事業化後の自由度と引き換えに、会社と共に身銭を切って出資したり、会社に復帰することを前提としない片道切符であったりと言ったリスクを伴うことである。ここで立ちはだかるのは家族の反対、いわゆる嫁ブロックと言われているものであるが、女性にとって一流の大手企業勤務が結婚の重要な尺度の一つである限りは丁寧且つ継続的なコミュニケーションを従前から行う意外に解決策はない。
e. 経営企画 vs 事業部
新規事業探索や社内VBなどは経営企画などの部署が担当することが多いが、現業の事業部との協調関係がスムーズに行かないという構造的問題がある。事業部、とりわけ開発部門にとって社内VBを含む外部リソースは競合と見做して排除するメカニズムが心理的に働きがちであり、その意図を持って事業評価を行うがために経営企画の本来の機能が果たせない場面をよく目にする。恐らくこのことは現業をひっくり返す可能性を秘める文字通りdisruptive technologyを伴うケースではとりわけ顕著になるであろうことは容易に想像がつく。
f. トップダウン vs 現場主導
上記の課題を克服するには、トップの強力なリーダーシップによる後ろ盾が必須である。事業や組織の改革を断行するにはトップの強い意志と、部下への強制力が伴わないと成功は覚束ない。欧米企業の社長が社外取締役中心の取締役会において指名され、常に大胆な施策を実行する傾向にあることと比較すると、特に伝統的な大手日本企業のケースではこの点で心許ない状況にあると言わざるを得ない。酷い場合はトップの意志決定に低い優先順位を勝手に設定して対応することも放置されるという企業文化を目の当たりにしたことがある。良くも悪くも「自立的な」組織文化がそこに存在する。
従って、現業と潜在的に競合する新規事業を進める場合は、トップダウンで、現業部門とは切り離して、時には秘密裏に遂行する意志が必要となるが、これは日本だけでなく欧米でも同様である。
g. リスク排除を最優先する上程プロセス
リスクを完全に排除することは不可能であり、それを出来る限り正確に特定した上で、経営トップにどこまでのリスクを受け入れるかの判断を委ねるか、それが新規事業に伴う投資案件などの上程プロセスであるべきだと考えるが、稟議の弊害としてあたかもリスクは排除しきれたかの内容にまとめてしまう状況が起こりうる。経営トップもそれに慣らされてか、リスクが存在しないことを現場に求めたりもする。その結果、表面的に排除不可能なリスクが認められるものは上程されにくく、仮にリスクに対して甘い楽観主義で通過した案件は、その後の当然の下降局面で動揺し、イノベーション創出にチャレンジする姿勢自身も揺るがしきれない悪循環に陥ることになる。
h. 減点主義の人事考課
上記と関連するが、チャレンジすることよりも、いかにして損失の責任から逃れて保身を徹底し、結果的に減点を最小限にすることで昇進するという人事考課の存在が、リスクを積極的に取る行為を阻害しているという指摘はよく耳にする。もう何十年も前から言われ続けているが、これは無くならない。もっともこれは、守りに徹していれば何とかなるという時代の産物であるから、今般のdisruptiveなイノベーションによる事業の変革という危機感がこの状況に変化をもたらしていくことに期待したい。
i. NIH
さすがにオープン・イノベーションに面と向かって反対は出来なくなったが、Not Invented Here症候群が外部リソースの評価にしっかりと作用しているであろうことは想像に難くない。
j. 法務部とビジネス・ジャッジ
『契約は人間関係(信頼)を決して越えられない』とは私も真理だと考えているが、大手企業の法務部がLegal opinionを越えて事実上のBusiness Judgeにまで踏み込むことでオープン・イノベーション案件が滞る場面もよく見ている。これは法務部だけの問題ではなく、本来主体となるべき事業部が先述したリスク回避志向を強めたことを反映しているのでたちが悪い。
k. スピード感欠如
VBが求めるスピード感とはおよそ近似し得ない、ゆったりとしたのどかな時間が流れている。ただこれは、組織文化そのものであるし、経営上の危機感が末端まで共有されているかどうかの話しであるので、あくまで一般論として付しておく。
l. 社内の非合理な平等主義
社内VBのプログラム内容次第ではあるが、一般社員から一歩踏み出してVBへ身を投じるリスクを取るにも関わらず、非合理的な社内平等主義から脱することが出来ない。起業家のモチベーションが成功の重要なドライバーであるので、このメリハリなくして社内VBは成立しない。
m. Spin-outした起業家は裏切り者
米国でオープン・イノベーションが加速しやすい理由の一つに、一旦Spin-outしたベンチャー企業が一定の成長を遂げた暁に親元の企業が買収し、その起業家を含むチームを社内に取り込んで活性化を図るという循環スキームの存在がある。しかも重要なポストを用意することも珍しくない。一方日本では、そのような人物は裏切り者扱いされ、再度凱旋入社(しかも多額のキャピタルゲインによる嫉み付)など一般的にあり得る話しではない。
n. 対象事業ステージと投資手法のミスマッチ
1999年頃から日本の一般企業でも米国のVCファンドに出資して現地のクローズドな情報にいち早くアクセスすることを目論んだものの、結果的に満足いく成果に繋がっていなかったり、ある程度土地勘が出来たので企業からの直接投資にシフトしたり、またはCVCを設立するなどの動きが顕著になってきた。しかし、最近のベンチャー投資ブームによる勢いで判断しているケースも見受けられので、以下にポイントをまとめてみた。
表 5 事業会社の投資手法
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ポイントは対象となるVBの投資ステージ毎に投資手法が異なるという点である。ここのミスマッチが問題となり得ると私は認識している。
社内VBの事業内容次第では、その成長に応じて親会社が直接投資を行うことになっていくが、その手法もこの表に倣っていくことになるし、仮にシナジーが見込めないなら早期にソト出しして第三者のファンディングを受ける手立てを踏むべきである。(起業家がそれを望めばの話しであるが)
以上述べてきたように、社内VBは成長のプロセス上にある一つの形態に過ぎない。しかし、ここに来て社内副業というもう一つの選択肢が現れてきた。目的は様々だが、大雑把に言えば、企業内人材が大きなリスクを背負い込まずに気軽に新事業に関与できることを狙ったものと理解している。例えばEvernote元CEOが設立したAll Turtlesは、一つのプロジェクトを会社化して資金調達して開発も経営もやって一か八かの勝負に賭けるモデルではなく、自分のSkill領域に集中して取り組んだり現在の仕事と並行して進めることが出来たりすることを目指している。また、人生に於いて雇用主に過度に依存しない「余裕」を持つことは意義深いとも思うし、そもそもオープン・イノベーションを誘発しやすい仕組みは斬新で魅力的に思う。一方で、社内VBもその中途半端な立ち位置が課題であり、早晩違う形態へ移行していくべき存在であることを私はこれまで述べた。また、私は本稿の冒頭で、起業家のかけがえのない情熱がイノベーションを起こす上でのキードライバーであることも記したとおりである。その意味で、製品の改良に留まらない、ユーザーの生活を変えるようなイノベーションを生み出すハングリーさが維持できるかどうか、興味深く見ていきたい。
社内であろうと社外であろうと、VBがバリューチェーン全体で果たせる役割には限界がある。自ら他社と合併しつつ巨大化するか、他の大手に買収されることで不足する機能を補っていくか、何れかの道を辿る宿命にある。そしてそれは、如何にして成果物(技術・製品・人材・市場)を次代に繋げていくかのアプローチであり、それが究極のゴールであると考える。
そして、その過程でそれを妨げる要因は様々だが、突き詰めると「企業文化を変革していくこと」が不可欠な作業であり、その能力がリーダーとして求められる重要な資質であると言えよう。
次回は第3章「VC型リーダーの行動様式」について書きます。